第2話

 織部レイについては、たくさんの噂が独り歩きしている。

 それこそ芸能人のゴシップニュースみたいに。


 一躍有名になったのは、およそ1年前。

 いまは卒業しちゃったが、アイドルみたいに格好いい先輩が3年生にいた。


 レイは告白された。

 学校一のイケメンから。


 けれども返事はNO。

 それも単なるNOではなかった。


『いきなり告白されるとか、意味がわかりません』


『はっきりいって、一方的に好意を押しつけられるのは迷惑です』


『というか、あなたにはカノジョがいますよね? 学校の内外を合わせると、5人か6人はカノジョがいるという噂ですが?』


『それなのに新しいカノジョが欲しいというのは、精神疾患せいしんしっかん……心の病なのでは?』


『一度病院へいかれることを強くお勧めします』


『あと、私はあなたのような男性が苦手です』


『だから、ごめんなさい、無理です』


 オブラートに包むという言葉を知らない。

 それが織部レイという女の子だった。


 良くも悪くも、その日からレイは校内の有名人になった。


 勉強ができて、顔もスタイルもよくて、素行もいい。

 なのに周りに仲間らしい仲間はいない。


 いつも独りぼっち。

 それは悲しい孤独というより、トラの孤独のような、ありのままの孤独だった。


 罰ゲームでレイに告白する。

 そんな遊びは過去にも何回かおこなわれたはず。


 学校一のイケメンが玉砕したくらいだ。

 もちろん、成功率は0%である。


 どんな男子から告白されたらOKするのよ?

 そんな質問をぶつけた女子がいるらしい。


 ハリウッドスターみたいな男子とか。

 将来はスポーツ選手として活躍する男子とか。

 情報はいろいろ出回っているが、真偽しんぎのほどはわからない。


 だから、きっと……。

 今日、テツヤは振られてしまう。


「すみません、織部さんって、どこの席ですか?」


 特進クラスまで足を運んで、知らない男子に声をかけると、


「織部さん? あそこ」


 面倒くさそうに教えてくれた。


 廊下側の後列だった。

 そこなら教室に入らなくても、窓越しに話しかけられる。


 2歩3歩と近づいていった。


 レイは廊下の向こうに広がる青空を見ていた。

 物憂ものうげなフェイスがよく似合っている。


 かわいい。

 というより、美しい。

 下手くそな表現になってしまうが、ファッション誌から飛び出てきたような美人さん、という言葉がぴったり。


「あの……織部さん」


 そういった3秒後。


「はい?」


 白昼夢からめるようにビクッとして、レイは廊下に立っている男子を見上げた。


 長いまつ毛にドキッとする。

 たしかに、レイみたいなカノジョがいたら楽しいだろうな、と想像させるだけの何かをこの子は持っている。


「急にすみません、俺は普通科の結城テツヤといいます。同じ2年生です」

「はい、ユウキテツヤさん」


 名前をリピートされただけなのに、耳の奥がぽわぽわした。


「お願いしたいことがあるのです。織部さんにしか頼めないことです。今日の放課後、1分でいいので、お時間をもらえませんか?」

「はい、私でよければ……何か準備することは?」

「いえ、特にないです」


 時間と場所を書いた紙をレイに渡しておいた。


「俺は5分くらい前には立っています。本当にすぐ終わりますから」


 これで後戻りはできない。

 あとは告白するのみ。


「あの〜」


 自分のクラスに帰ろうとしたら、レイの声が追いかけてきた。


「ユウキくんのユウキは、結城市の結城かな?」


 テツヤは両手で大きな丸を返しておいた。


 レイがクスッと笑った。

 そんな気がした。


 なんだよ。

 氷帝とか呼ばれる割には話しやすいじゃん。

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