第3話

「今日の放課後、結城が氷帝に告白するらしいぞ」

「それってマジ? 尻尾を巻いて逃げるんじゃないの?」

「いや、織部さんに一声かけたらしい。もうキャンセルは無理だろう」


 そんなヒソヒソ話が聞こえたとき、英語のプリントを見つめながら、脳内でシミュレーションを繰り返していた。


 告白って?

 どうすんの?


 いや、映画やドラマで何度も観てきたシーンだから、大まかな流れは説明できる。


 主人公とヒロインが向かい合う。

 どちらか一方がもう一方に想いを告げる。


『あなたのことが好きです』

『恋人になってください』


 問題はこのあと。


『どうして好きになったの?』

『その理由を教えて』


 そんな質問が返ってくるのでは?


 当然である。

 テツヤが向こうの立場ならそうする。


 やべぇ……。

 レイのことが好きな理由、言葉にするのが難しい。


 優しいから?

 そんな女子、校内に100人でも200人でもいる。


 美人だから?

 たしかに外見はレイの魅力だが、美人なら誰でもいいのか、と思われそうで怖い。


 頭がいい?

 告白する理由とはちょっと違う気がする。


 クールな性格にかれた?

 もし、レイが自分のキャラクターにコンプレックスを感じていたら、かえって傷口をえぐっちゃうのでは?


 告白って難しい。

 当たり前の事実に打ちのめされる。


 あれこれ考えているうちに、タイムリミットの放課後になったので、荷物をまとめて席を立った。


 仕方ない。

 倒れるときは前のめりだ。

 振られることが100%決まっているから、これ以上は悩むだけムダという気がする。


「なあなあ、けようぜ」

「俺は結城が振られる方に賭けるかな」

「じゃあ、俺も告白が失敗する方に賭けるわ」

「俺も! 俺も!」

「それじゃ、ギャンブルにならないだろ」

「ダメじゃん!」


 イラッとしている自分に気づいて驚いた。

 1%くらい期待しているテツヤもいるらしい。


「まったく……バラエティ番組じゃねえんだぞ」


 独り言をいいながら約束の校舎裏へ向かった。


 ジャリジャリジャリ……。

 小石を踏みつけるたびに心拍数が上がっていく。


 びっくりしたのは、視線、視線、視線の数々。

 2階と3階の窓から、たくさんの生徒が告白を見守っている。

 半数くらいは女子生徒であり、それがテツヤの恥ずかしさを倍加させた。


 それ以上にびっくりしたこと。

 すでにレイの姿があったこと。


 約束の5分前だから、帰りのHRホームルームが終わって一直線に駆けつけてくれたらしい。


 さっさと終わらせてくれ、という暗黙のメッセージだろうか。

 茶番じみた告白、もう飽きちゃったと。


 ネガティブな思考の一切をテツヤは頭から追い払った。


「織部さん、俺のために時間を割いてくれてありがとう」


 用意してきたセリフを告げると、レイの顔がこっちを向いた。


 昼間とはイメージが違う。

 夕日を浴びているせいだ。


 ばかなげで。

 溶けかけの雪みたいで。

 強く触れると壊れちゃいそうな、もろさのようなものが感じられた。


 レイが薄く笑ったとき、おかしな想像がテツヤの心を去来きょらいする。


 いま目の前に立っているのは、実はレイじゃない。

 レイによく似ている、まったく別の女の子。


 じゃないと説明がつかないのだ。

 暖かい、き火を前にしているような、全身からにじみ出る優しいオーラの正体は、いったい……。


 こんなの、氷帝じゃない。

 少なくとも、雪の女王なんかとは真逆。


「それで、私にどういったご用件でしょうか?」


 レイが淡々という。


「俺の告白を聞いてください」

「えっと……それは……」

「いまから織部さんに告白します」

「…………」


 そこから先は記憶がぼんやりしている。


 あなたのことが好きです。

 恋人になってください。


 はっきりと大きな声で伝えたつもりだ。

 レイは告白に慣れているはずなのに、まあっ⁉︎ といって大げさに驚くリアクションを見せた。


「逆に私から質問です。結城くんと私、どこかで会話したことはありますか?」

「あります。一度か二度くらいは。織部さんが覚えているかは知りませんが」

「そうですか」


 レイが小さく笑った。

 1日に3回も氷帝が笑うところを見るなんて、明日は空から槍が降ってくるかもしれない。


「それで? お返事は?」


 レイから返ってきたセリフというのは……。

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