氷帝に告ったつもりが、双子の妹の愛帝に求愛してしまった

ゆで魂

第1話

 辞書をめくると、浮いている、という言葉が出てくる。


 一次的には、生き物とか船が水中に沈むことなく、ぷかぷかと留まっている状態を指す。


 けれども、二次的な意味。

 集団から外れている、という用法でつかわれるケースが目立つのではないだろうか。


 クラスの隅っこでポツンと座っている男子、結城ゆうきテツヤがなぜそんなことを考えたかというと、自分がまさに浮いている生徒だからである。


 周りと会話しないわけじゃない。

 いじめの対象になっているわけでもない。

 それでも、テツヤは、浮きすぎるくらい浮いている。


「次のゲームで負けたやつはさ……」


 男子グループの5人組がわいわい盛り上がっている。


「特進クラスに織部おりべレイっているじゃん。あの子に告ろうぜ」

「織部って、氷帝ひょうていとか雪の女王とかいわれる、あの織部さんかよ?」

「うわ〜、きち〜、心臓が凍るかも……」


 罰ゲームなのに?

 告白するの?


 彼らの感覚は、正直いうと、クレイジーなものとしてテツヤの目に映った。


 織部レイのことは詳しく知らない。

 頭がよくて、顔もスタイルもいいから、目立つ女子ではある。


 氷帝というのは、きっと、言い寄ってきた男をことごとく振ったから、優しくないイメージが定着したのだろう。


「なんだよ。織部さんに恨みでもあるのかよ」


 とある男子が、テツヤの疑問をそっくり代弁する。


「こいつ、以前に織部さんに告って……」

「ボロクソにいわれて振られたんだよな」

「うるせえ、いうなって!」


 謎が解決してくれた嬉しさと、あまりに子どもじみた理由に、テツヤはぷっと吹き出してしまった。


「なんだよ、結城、文句あんのかよ!」

「いや、別に……。誰が誰に告白するのも自由だし、誰が誰を振るのも自由だ。みんなには、その権利がある」

「理屈っぽい言い方が好きだよな、お前は。すかしたつらしやがって」


 リーダー格がやってきて、テツヤの机をバシンッと叩いた。

 自然、みんなの視線が一気にこちらを向く。


「俺がいいたいことは、つまるところ、女子に告白するのを罰ゲームに設定するような陰気ヤローは、そのねじ曲がった性格を直さない限り、一生女子からモテないだろうな、という当たり前の事実だよ」

「こいつ……」


 どっとクラス中に笑いが響いた。

 いいすぎた、と反省したが、もう遅かった。


「ケンカ売ってんのか⁉︎」

「売ってはいない。恥をかかせた点については謝る」

「いってくれるじゃねえか。でも、お前と織部は関係ないだろう」

「たしかに、関係ないな。まともに会話したこともない」

「だったら、余計な口をはさむな」


 そっと席から立ち上がった。

 相手の胸ぐらをつかまえて、そのまま壁に押しつける。


「言葉を返すようだけれども……」


 やめろって、結城!

 そんな声はすべて無視した。


「お前と織部さんも関係ない。嫌がらせはやめろ。見ていて不愉快だ。お前の親兄弟が知ったら悲しむぜ」


 当たり前のマナー。

 それを伝えたつもりだ。

 けれども、これが集団に馴染なじめない理由であることを、テツヤはちゃんと自覚していた。


「くる……しい……」

「おっと、すまん」


 手を離す。

 息をあららげた相手が床に落ちる。


「おい、結城。正義を気取るなら、暴力を振るってもいいのかよ」

「いや、そうは思っていない。締め上げたのは悪かった」

「だったら、今日、お前が織部に告白しろよ」

「おかしいだろう。どうしてそうなる」


 向こうの言い分はこうだった。

 お前がやらないなら、俺たちの中の誰かが、罰ゲームで織部に告白する、と。


「どっちか好きな方を選べよ、すかし野郎」

「よくそんな最低なことを思いつくな。わかった、俺が織部さんに告白する」


 ただし、条件がある。


「その代わり、罰ゲームで女子に告るとか、もう二度とやるなよ。俺がこっぴどく振られる姿を見て満足する。それでいいよな」

「やらないよ。男と男の約束だ」


 レイに告白しようと思った本当の理由。

 彼女が心優しい人間であることを、テツヤは知っているからだ。

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