2.




 ポートマフィアと銃火器の類で取引のある組織から『SOS』が入った。

 そう前置きして首領が置いた資料に目を通してみれば、先方との電話でのやり取りが書面に記されている。

 その内容に眉根を寄せた俺に、首領ボスはやれやれという顔で緩く頭を振った。


「要領を得ないんだ。そこにあるように、『紐が』どうとか『首が』どうとか……」


 確かに意味不明だ。

 ぺら、ぺら、と書類をめくっていくが、首領が述べた以上の情報はないようだ。「俺が出向いた方がいいんですか?」確かに取引のある相手だが、正直、銃火器を扱う企業なんてのは他に代わりがいくらでもいる。意味不明なSOSに疑念と警戒は抱けど、こちらが手間をかけるだけの価値がある組織とも思えない。

 眉根を寄せたままの俺に首領は言う。


「君に頼む前に、数人向かわせたんだけどね。連絡がつかない。念のため様子を見てきてもらいたい」


 ……そういう事なら仕方がない。

 うちの連中が予想外の事態に巻き込まれていると言うのなら、幹部として動かないわけにはいかないだろう。

 そんな理由で紫陽花の部屋に置きっぱなしだったコートと帽子を掴んで、視界の端でいつものように紫陽花を眺めている女を確認する。

 この部屋にこれだけの紫陽花を用意してからは脱走はしていないらしく、今日も飽きずに花を眺めている。

 本部前に横付けされた高級車に乗り、帰りにまた新しい紫陽花でも買って帰るか、なんて考え、件の組織が入っているビルの前に降り立つ。

 とたん、濃厚な『死』の気配を感じた。

 後ろをついてきていた二人の部下を制す。「車で待て」「は? しかし」「死ぬぞ」俺の低い声に部下が息を呑んでその場を後退った。

 何が待っていようと俺一人ならどうとでもなるだろうと、外から内は見えないようになっているガラス扉に手のひらを押し当て、重力のベクトルを変えて吹き飛ばす。


 ビルの中では、そういうオブジェみたいに、

 其処でも此処でも彼方でも、まるで人形のように、人が首を吊っていた。その中には上下黒いスーツに身を包んだうちの連中もいた。

 、と軋んだ音を立てる紐に締め上げられた首は不自然に引き伸ばされ、折れていることは一目で分かる。

 窒息して変色した顔。膨張した唇にこびりついた泡。

 弛緩した体から糞尿が垂れ流され、死臭がさらに耐え難いものになっている。


 皆一様に目を見開き、苦しみに歪んだ顔をして、首にかかった紐をどうにかしようともがいた痕があった。

 SOSを出してきた人間達、うちの連中まで、全員首を吊って死んでいる。

 SOSの内容は確か。首がどうとか、紐がどうとか……。

 思わず顰めていた顔に手をやる。


(うちの連中まで首を吊ってる。自殺じゃない。それはあり得ない)


 臭う空気を吸って、吐き、一度ビルの外に出てポケットから携帯を引っぱり出し、首領に電話をかける。首領は3コール目で出た。


『ご苦労様。どうかな、首尾は』

「……異能力、だと思います」


 苦い顔でビルの中へと目をやる。ここからでも数人の足が飾り物のように宙に浮いてぶら下がっているのが見える。「全員、踏み台もなしに首を吊って死んでます。首領が向かわせたうちの連中もです」『…そうか。残念だ』首領の声は平坦だ。

 いつ何時も感情には左右されない冷徹なリーダーとして、彼は俺に命じる。


『では、詳しい捜査を頼むよ。くれぐれも慎重に。異能によるものでうちにも被害が出ているのなら、宣戦布告、という事もあり得る』


 俺は了承して通話を切り、今一度、死の臭いが色濃く立ち込めるビル内へと一歩踏み出すのだった。




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