3.




 地下の一室にこれでもかというほどに紫陽花を揃え、この中にまだない紫陽花を見かけたら買ってこいと園芸が趣味の部下に命じ出来上がった紫陽花だらけの空間。

 そんな部屋の中で唯一家具と言える広いベッド。

 その隅で丸くなって寝ている水色の病院着姿の女を眺め、はぁ、と溜息を一つ。

 当たり前だが、その細い首に縄や紐はかかっていない。

 ………昼間見たものといえば、首吊りの死体。引き延ばされ折れ曲がった首。鬱血し膨張した顔と唇。

 苦しんだ表情そのままに死んでいくしかなかった、総勢十七人の死体。

 そのままにしておくのも気分が悪いからと、軽く触れては重力ベクトルを操作しゆっくりと動かぬ人を床に横たえさせる作業中に首にかかったロープはこの件の犯人の異能力なんだろうが、俺は重力の使い手だ。天井から生えたロープを引きちぎることも他愛ないし、宙に浮く事もできる。何かや誰かを吊るすことができるんだろう異能の持ち主にとって俺の異能は相性最悪ってところだろう。

 首に紐がかかったのは計三回。その全てが唐突だったが、宙に浮くことで首を吊る事を回避し、紐は引きちぎってやった。

 仕事帰りに駅前で遅くまでやっている花屋で購入した紫陽花は濃い青で、抱えた植木鉢をベッドの脇に置く。いい加減重いし花と土がくせェ。

 死体臭いよりはマシかと上着のコートを落とす。

 今日の服は全部クリーニングに出しても二度と着れないくらいには死の臭いがこびりついた。

 正直、死臭は頭から血を浴びるよりも気分が悪い。

 昼間から警察は入れずポートマフィアだけで捜査をしていたが、取引先だった組織の被害者の名前やら死因の確認やら、うちの部下だけは遺体を回収して家族に連絡、葬式の手配もしてやったりと、もろもろの作業が落ち着いたのがこの時間だった。


(さすがに疲れたな)


 陽があるうちは明るい太陽と青い空が映し出される部屋の壁と天井は、今は満天の星空模様で、時々流れ星がすうっと線を引いては消えていく。

 そんな空を眺めていると少しは心が落ち着いて来た。

 さっさとシャワーを浴び、とにかく死臭を落とした。

 用意はしたが一度も着ているのを見たことがないバスローブに袖を通し腰の紐を締める。

 洗髪しまくった髪をタオルで拭いながら紫陽花だらけの部屋のベッドに戻ると、アイツはまだ寝ていた。

 その左側頭部に手を伸ばし、なぞると、どことなく歪なカタチをしているのが分かる。

 ………欠落した骨と、欠けていたように見えた脳に代わり、首領ボスが何を入れたのかは知らない。

 確かなのは、あの人がただの善意でコイツを助けたのではないのだろうという事。

 たとえば、今後似たような大怪我を負った場合の『テストケース』とか、いかにもありえそうな話だ。だからこの頭の中に入っているモノも、そういったいざという時のためにテストしたい何かである可能性は高い。

 首領にとってはで一人の女を囲い生かし続けていると言う事ができる、体のいいモルモット。

 そうまでして生きたいと本人が言ったわけじゃない。

 こんな生き方なら死んだ方がマシだと、本来の女なら叫んだのかもしれない。

 だが、薄っすらと開いた目でこちらを見る女には様々なモノが欠落していて、その一つに感情がある。


「ちゅうや」

「おう」

「おかえり」

「……ただいま」


 それなりの年頃の男女が二人、同じベッドに転がっていたら普通は警戒するもんだが、コイツにはそういった思考は存在しない。

 猫のように丸まっていたところから猫みたいにぐっと伸びをしてまた丸くなる。

 人間の形をした動物。それが現在の彼女という生き物だった。


(それでも、生きてる)


 頭の形は歪で、年頃の女とは思えないような所作しかしない、まるでタイプじゃない女だが、それでも息をしている。

 その現実を噛み締め一人安堵している、これは、俺のエゴだ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る