第22話:世の中は、賢者と愚者とマヌケがいるだけ。

母のアクシデントは想像以上に深刻だった。

私は父に、母のもとへ行くことを告げた。

「いまどういう状況なのか解かってるのか!?」

水を差された父は激昂したが、事情を言うと、

「しょうがねえなあ……すぐ戻ってこいよッ」

と納得して帰してくれた。


家に帰ると、罪滅ぼしで引き取ってきた弁当のテンコ盛り!。

泣ける……。

どういうことかと言うと、

本来30個ずつ仕入する『北陸越前ガニ弁当』と『みちのく海老ちらし弁当』を誤って300個ずつ仕入れてしまったらしい。

事務員のコンピュータの打ちミスらしいけど、

業者からの『誤発注確認メール』を確認しなかった母の責任だそうで、

母も全面的に自分の落ち度であることを認めている。

やれやれ、気の毒に……。

損害は原価および諸経費込めで、ざっと120万円だとか。

母は責任を取って即刻クビ。

会社は大損。

打ちミスした女の子は泣きやまない。

仕入担当課長はすでに寝込んでいるらしい……。

もうッッッ!、こんなときにッ!。

台無しじゃんか!、私の晴れ舞台!。

結婚式で祝儀しゅうぎ泥棒されたみたいだよ!ったく!。

母は完全に落ち込んでいる。

マイナーディプレッションっていうんですか?。

お通夜だよね……。

だったら「香典泥棒か」って冗談言ってる場合じゃない。

仕方がないから私はなぐさめる。

ところが事態は思わぬ方向へ。

どうやら母は、まだ私が母を捨てて父のパーティーに行ったことを根に持っているらしい。

執念深いなあ……。

ここは腹割ってケンカするしかないよな。

私は躊躇ちゅうちょなくド直球を投げる。

「私、女優になりたいの」

「裏切り者!!」

あったまんきた!。

速攻、部屋を出て行く!。

すると

「待って行かないで!」

と、弱気に泣きを入れてくる……。

もうッこうなったら私も今日は言わせてもらうッ!。

「私の最高のチャンスなのおおおおッ!!!!」

「わ、わ、わ、わかってる……」

とまたすぐ弱気。

やれやれ……。不利になるといつもこれだ。

甘えたがる。

これが入るとやっかいだ。

私は大人しくイスに座る……。

ここは冷静に詰めよう。

取りあえず聞いてやる。

「貴方とは、パパのヤンチャに一緒に耐えてきた仲だから何でも話す……」

「だから?」

「パパの世界に入るべきじゃない」

「不良だもんね、パパ」

「不良じゃない。危険なの。貴方はパパにだまされている。こんな下品で子供じみた誘いに乗って貴方らしくない。どうかしてる。何があったの?。そんなにパパが好きだったの?。確かに女からしたらパパは魅力的よ。でもね……」

「でも……?」

「鬼畜よッ」

「よくも自分の亭主にそんなこといえるなあッ、頭おかしいんじゃないのッ?」

「騙してるから貴方に優しいのよ?。人でなしだから貴方を利用しようとしてるのよ?。貴方、自覚してる?。この先、どうなるか考えてる?」

「……」

「パパは、貴方にとって都合が良くて気持ちのいいことしかさせていない。表ばっかで裏をちっとも見せていない。貴方の気に入る服を着せて、貴方の好きな人に会わせて、貴方の輝く場所へ立たせている。でも、パパはだんだん貴方を利用するようになる。貴方を芸能界へ入れて、さんざん持ち上げて油断させておいて、そして、自分の言うことを利かせるようにする。そうなると貴方はもう逃げられない。従わざるを得ない。そして最後に貴方は、パパのスキャンダルからのイメージ回復のための捨て駒になり果てて身も心もズタズタにされて二度と立ち直れなくなるのよ」

「聞いてられない。私、2次会に呼ばれてるから」

これ以上、付き合ってられん。立ち上がる。

「捨てられたら野垂れ死にね」

血がのぼったッ、振り向いて一喝!。

「鬼畜はママじゃないッ!」

「違う!」

「だったら寄生虫よ!」

「意味が解からない!」

「そんなに生活のこと言うんだったら、いちいちこんな所で落ち込んでないで次の仕事みつけて経済的に自立したらどうよ!」

「それは言わないで!」

「いや、言う!。結局パパの経済力に頼らなきゃ生きていけないんでしょう!?」

「もう、やめてッ!!」

「やめないッ!!」

「やめてよ、もうとっくに分かってることなんだからッ!!。分かってるのよッ!!。そうよ、どうせ私は寄生虫よッ。金たかりよッ!!。甲斐性なしなのよッ!!。一人じゃ生きていけないのよ!!。彩ちゃんが必要なのよッ!!。私だって分かってるのよッ!!。分かってるのよッ。分かってるのよ……。もう、だから、言わないで……。ママは自立できないの……。そうよ……。その通りよ……」

「…………………………………………………」

「私を捨てないで……」

あーあッ……。とうとう言いやがった……。

「とうとう言わせたね……。親に……」

「人のせいにしないで……」

「働いてみて初めて分かった。私、就労できないんだって。初めて他人から怒られて傷ついて、立ち直れなくて……」

ぐったり頭を垂らす母……。

「甘かった……。もうダメ……。彩ちゃん、私を捨てないで……。貴方無しでは生きていけないの……」

「………」

言葉は無かった。

ただ深く重く鈍い溜め息が漏れた……。

トホホ……、ダメな親……。

こりゃ、母は私が面倒見なきゃダメらしいな……。

まさか17歳の私がもう親の老後の心配するはめになるとはね……。

とことん泣けるよ……。

しかし、取りあえず、今日のところは母をこのまま放ってはおけないだろう。

こんな食えもしない山積みの弁当の中で……。

あーあ……。私の女優デビューが……。

短けえ夢だったなあ……。

まあ、高校卒業、就職活動……これからチャンスはまだあるだろう。

一旦ここは引き下がるか……。

「家族」という上辺だけでもその形態を今ここで壊すわけにはいかないしな……。

この母の社会的制裁を見て、私も働くのちょっとビビッちまってるし。

しょうがねえ。

私は2次会に行けない事情を父に電話した。

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