第14話:ナーバスとドキドキ。悪い処女ほど本番に強い。

「彩さん、メイクしなおしッ。こっちへッ!」

村上篤志はジャーマネの本領発揮で、会場に来ていたメイクアップアーティストを捕まえて、もう既に用意していたパウダールームへ私を投げ入れた。

化粧を5歳大人にしなおしながら村上篤志はこれからのシナリオを叩きこんでいく。

「いいですか、映画の話は一切しないで下さい。お父さんと家庭でうまくいっている話をでっちあげて楽しそうに話して下さい。お父さんの仕事を褒めたり、お父さんを売り込むようなことは絶対に言わないで下さい」

そう叩き込まれて5歳大人に変身した私は、父と大森幸平が談笑するもとへ向かった。

村上篤志の策略どおり大森幸平は私の美貌に食いついた。

村上篤志のヤロウ……。

「ほーうッ。芸能界に入らないの?」

大森幸平がニヤつく。

「フフ、まだ、父と遊びたいから。パパ、この間の鎌倉の海、面白かったねッ」

父は一瞬ウッとなったが、即座に私のアドリブに反応した。

さすがなことで……。

「娘は季節外れの海が好きなんです。誰も居ない浜辺だと波の音がよく聞こえるとかで」

「へえ、ロマンチックだね。いい女優になれるよ。お父さんと共演したいとか思わないの?」

「私、女子アナになりたいんです」

「堅実だなあ。今度のお父さんの映画に出たいとは思わない。親子共演で話題になるし、君の美貌があれば単独で売り出すこともできるよ」

「父とだったら安心できます」

「彩、大森さんのシャンパンないよ?」

「ごめんなさい」

私はチャキッチャキの若々しさで大森幸平にシャンパンをお酌する。

JK(女子高生)の合法的接待ですよ、オヤジイ~ッ!。どうだ!

「こりゃどうもッ!」

大森幸平のスケベな指先が震えていた。

もらったなッ!。

「北島さん、よく、娘さんを連れてきたね」

「みなさんにお世話になってるんで、お酌ぐらいさせないと」

「じゃあさ、娘さんも入れてさ、この映画の話、進めようよ」

「ああッ、有り難いですねッ」

「彩ちゃん、映画出演、考えてみてよ?」

「私でよければ」

私はトドメの笑顔を大森幸平に突き刺した。

「!」

父がニヤリと北叟笑ほくそえんだ。

良かったな、お父っつぁんよ……これで映画はアンタのものだ。

まあ、父娘おやこならではのトリック連係プレイだったな。

「……」

遠くを見ると、父の笑顔を確認した母が、ガックリと敗者の首を深く垂らしていた……。


大森幸平と別れた父は真っ先に私のもとへ飛び込んできてギュウギュウとハグした。

「君はスゴイ!。スゴイ女だ!」

「ハハ、そりゃどうも」

言われて悪い気はしないやね。私は余裕で受け流した。

でも、相当嬉しかった。

でもでも、絶対父の前では喜んでやらない。

「君は完全に大森を支配したよ!」

「私はジジころがしか」

「君は絶妙のタイミングで飛び込んできて大森に視線を送った。あの!、あのセリフと動き!。もっっっっうッ君は最高の女優だ!」

「ホホホホーウッ!」

思わず吹き出しちまった!。

「2次会も来いよッ。いろんな人に会わせてやるよッ」

2次会行きたいッ。んが、私は母のことが心配だった。

相当落ち込んでるだろうな。

あからさまに父の手助けをしたんだから。

芸術ポルノとやらの出演交渉を。

こりゃまずい。少しフォローしとかないと……。

私は父にポンと言葉を投げる。

「まあ、今日は……。この後、ママとお茶する約束だから」

と事務的に断る。

「こらこらッこらこらッ……」

父は〝俺の誘いを断る女なんてそうはいないぜ〟と言わんばかりにニヤニヤ私をにらみつける。

でも、ここは我慢してかわした。

「時間があれば寄るよ」

「ママには『ちゃんとした映画だ』と言っておいてくれ。彼女も業界長いんだし、解からないことはないよ。俺も後からシナリオ読ませて説明するからさ」

「ん」

それきり、父は2次会の準備にかかり、私は母のもとへ向かった。

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