第11話:まだまだ攻め足りない父。処女の非力。私の卒業も弱気だなあ……。

7月。

父が契約書にガッシリ押印した。

その「姿勢」というか「かもし出される雰囲気」が大人だった。

プロデューサーは喜んで帰っていった。

村上篤志に聞いてみると、

今度のバラエティ特番で芸能人マラソン大会に出るとのこと。

とうとうテレビに身を堕としたかと思ったが、

父の方からの積極的な裏からの売り込みだったらしい。

スポーツする健康的な姿を全国に見せ付けて、例のCMのギャラ交渉を有利に進めたいらしい。

やっぱり金かよ……。

えげつないよなあ……よくやるよ。

さっそく父は

「トレーニングするからウェアを買いに付き合え」

とまたまた私を巻き込んできた。

どうしても私を自分の支配下に入れたいようだ。

六本木ヒルズのアディダスに行くと言う。

形から入るのが父らしいよなあ、と半ばあきれたが、なぜだか私は付き合うことにした。

六本木ヒルズに一度はいってみたいというのもあったが、

それよりも、父の積極性、獲物をりに行く即物的な野性にかれたのだ。

悔しかったんだけども、引っ張られることが何だか楽だった。

そして、ヒルズでさりげなく札束を切りまくる父のそばに居るのは正直気持ちよかったんだこれが……。

〝嗚呼ッ……からだが軽い……!〟

私は「仕事だ」と必死で理性で割り切ろうとしたが、感情的にはやはり快感だったのである。

説明のしようがない、私の本能的なものだったのかもしれない。


マラソン大会は全国生中継で放送された。

普段テレビに出ない父の存在に出演者たちは狂喜して夏のハエのように我が身を飛び散らして父をおだてていた。

みっともない……。

しかし、父も負けずにみっともない。

司会のお笑い芸人にイジられて、ヘラヘラ頭を下げている。

まあ、違う土俵だからしょうがないけど、こういう時、役者は不利だよなあ……。

父は恥も外聞もなく汗ダラダラで走った。

都心のテレビ局が設置したマラソンコースを必死こいて駆け抜けていった。

〝やれやれ、つくづく働きたくねえなあ〟

というのが正直な私の感想だが、母は真面目に落ち込んでいる。

「みっともないッ!」

でも、これで私らは食ってるんだぜ、おっさんよ……。

私は、これが父の仕事している姿なんだと一定の評価を与えた。

大人だよ、おっつぁん。

でも、あの浮気を許したわけじゃないぜ。

こんなことで世間はだませても私はそうはいかないぞ、と揺れる自分の心に言い聞かせていた。

何だか必死だな私も……。


数日後、帰宅して父がいきなりテーブルに札束を投げおいた。

私と母に10万ずつ。

「ホレ。10万。この間のマラソン大会で3百万入った。小遣いだッ」

母は悲しげな視線を落としつつすんなり札を受け取った。

不甲斐ない!。

そんなに金が欲しいかよ!。

プライドはないのかよ!。

やっぱり自分の夫は金づるかよ!。

私は露骨に拒否反応を示して受け取ってやらなかった。

すると、なんと父は頭を下げて「頼むから受け取ってくれと」拝み倒すじゃんよッ。

どういうことよこれッ。

「ジャージを買うのを付き合ってくれたお礼」だと。

あんまりしつこくもらってくれと頼み込むもんだから一応もらってやったけどさあ……、複雑だったよね……。

ハメられたのかねえ……まんまと。

でも、10万という金はお小遣いとしてはデカい。

私は、冷静に、父を仕事のデキる男として認めざるを得なかった。


このマラソン大会は学校でもかっこうの冷やかしのネタになった。

さっそく新井渉がねちッこく

「おめえのオヤジ、頑張ってたな、へへ」

とおちょくってくる。

こいつはこういう嫌味言う役がぴったりだよなあ……。

しかしよ、新井渉……。

頑張らないお前が頑張った父を笑うなよ。

外じゃ大人が働いてんだよ。おとなしくレコード聴いてろよ、お前は……。

やれやれと帰路につくと校門で永山先輩と出くわした。

ジャージを貸してからちょくちょく話すようになったんだ、エへへ。

「お父さん、結構体力あるよねッ」

こちらはお褒めの言葉である。

堂々とてらいのない語気と笑いじわが嬉しい。

こういう人に処女あげたいよなあ……どうせなら。

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