第3章 処女感まるだし……。無関心の父、攻めきれない母。そしてゆれる私。

第10話:喧嘩売ったら不良品で返品になった。私の処女って売る価値あるのかねえ。

母はやっぱり頭にきていた。

亭主に面と向かって「甲斐性なし」と言われたのである。

怒る気持ちは分る。

私も「女房に対して言い過ぎだ」と、ちょっとムカッとしていたから。

母はついに「父にガツーンと言ってやる」と言う……。

でも「面と向かっては言えないので策を練った」とものたまう……。

その策ってのは、

就職情報誌を大量購入して、リビングにこれ見よがしに置いておいて、

父に自分の経済的自立の意志を表明するのだそうだ。

まあ、なんとも稚拙ちせつな考えだが、とりあえず私はこれに乗った。

ナメられっぱなしの母の初めての意思表示だったし、父のビビる顔を見てみたいというのもあった。

それに、私も父に支配されそうになっていたので、ここは「そうはならないぞ」と言っておきたい気持ちもある!。

母はまたいつもの弱気で「明日からにしよう」と怖じ気づいて言ったが、

「こういうのはスピードが肝心なんだよッ」

と強引に説得して、さっそく、書店で情報誌を購入し、リビングにまき散らしておいた。

私はギラギラ前のめりで見ていたが、母は心配そうに壁から黒目を半分出してのぞいていた。

しばらくして、仕事から帰ってきた父は、真っ先にその就職情報誌に食いついて軽々と話題に取り上げた。

父は、「父が激昂するだろうと予測していた私たち」をあざ笑うかのように背中からたたるようにしてノリノリで母の就職話に飛びついてきた。

「なんだお前仕事するのか?。正社員か?。バイトか?。保証人はどうする?。正社員なら必要だろう。俺がなってやるよ。給料いくらだ?。どこに行くんだ?。電車通勤か?。マイカーOKか?。言ってみろよ」

とまくし立てた。

完全な父の挑発的な宣戦布告である。

〝やれるものならやってみろ〟ということである。

このマシンガン攻撃に母はたちまち戦意喪失。

「ううん……、彩ちゃんがバイトしたいって」

って、おいおいッ、私にフるなよ!。

「彩、バイトなら芸能界の方が儲かるぞ!」

「まあ、すぐの話じゃないから……」

と私も戦闘開始寸前で銃をおろした。

完全に私らの負けである。

処女のまんまだよ……。

「いつでも話に乗るぜえ~」と高笑いして父は風呂へ向かっていった。

この余裕に母はみっともなくキレた。

「今度は離婚届を置いといてやる」と息巻いて、翌日、区役所に行ったが、

しかし、あまりの公務員の冷たい事務的な対応にビビッてシッポ巻いて帰ってきた。

やれやれ、またかよ……。

母は、ソファーにふんぞり返って強気に父への恨み節をまくしたてていたが、でも、内心は、

「私だって夫なしでも生きていける!。自立できる!」

と必死で自分を正当化して父との戦いから逃げていた。

私も父の迫力にまれた自分が悔しかったので

「そうだ、私とママが組めばパパに勝てるよ」

と、表面上、半分弱気におちいりがちな自分自身を奮い立たせるように言ってはいたが、

内心は、父のケンカする気マンマンの迫力にされていたのである。

〝オヤジ、怖ろしい。手ごわいぞ……〟

胸がドクンドクン不規則に脈打っているのが指の先まで伝わってきて怖かった。

〝処女感まるだし〟ってこういうの言うんでしょ?、なさけな……。


翌日、学校に行ったら新井渉がパーマに失敗してピエロにされていた。

そんなことしなくてもそこそこ可愛い顔してるのに……。

こっちまで恥ずかしくなる。

新井君、一応、君の彼女のような位置づけになってるんだよ、こっちは。

もう、余計なことするなよ、が悪い……。

落ち込んでグラウンドに行くと、ちょうど練習のアップをしていた永山先輩からいきなりジャージを貸してくれと頼まれた。

プールの点検で、練習が急遽きゅうきょ走り込みになったらしい。

女もののジャージだが、とにかく、今、欲しいという。

私はもちろん冗談半分で貸したが、永山先輩は本当に女子の赤いジャージでグラウンドを黙々と走り続けた。

その真剣な姿勢を笑う人間はいなかった。

ただ黙々と女もののジャージで走る永山先輩……。

大会が迫っている永山先輩に、烏合うごうの衆の耳目じもくなどは無視する対象にすらならないのである。

やるじゃんッ。

永山先輩は洗って返すと言ったが、私は「いいです」と自然と笑顔で断っていた。

嬉しかったよ……。

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