9:若い娘と~前~
***前世***
若い娘と食事の最中、
娘が泣きながら別れを告げてきた。
…霊も若いのにおなごと親密でよくやるな…
「姉上…嫁ぎとうなければ何やらすべがあるはず…
両班の名が欲しい年増の男など…」
「…しようがないこと。
必要とされているお家へ嫁ぐだけでも
わたくしは幸せなんですよ…」
「でも…でも…」
「貴方が案ずる事は無いのですよ。
父上の血を引く貴方が、この家に住み…
…これからは好きなように生きなさい。
貴方は幼い頃から苦労をしてきたのだから…」
映画を早送りして観るよりも早く、
目の前の場面や言葉が一瞬で目の前に流れてくる。
食事をしていたかと思えば
今度はなにやら一人でトボトボと道を歩いている。
辺りは提灯の灯りで明るく行き交う人も多いが、
逆に空は真っ暗なので夜更けだろう。
誰かが後ろから勢いよく走ってくる気配を感じてか
視線を上げて振り向くと、
軽くぶつかってもそのまま走り去っていく男…
その男とすれ違いざまに目が合った気がした。
…そしてその男とは、また、僕に似た男…?
皇子なのか…?この一瞬で霊は気付いたのか?
その男を追いかけるように走るもう一人の男も現れ
霊はその二人の後を勢いよく追い始めた。
誰もいないであろう建物に消えた二人。
剣を構え息を潜め様子を伺うと、
争っているような物音や剣がぶつかる音がする。
霊は渦中の二人の顔を探るとすぐに
今にも切られそうな所に霊が割って入った。
「きさま、何者だ⁈」
「……」
皇子を背中で庇い、
見知らぬ怪しそうな男に剣を向けても返事は無く…
「おい、何があった?」
「ッ」
少し後ろへ振り向きながら聞いても返事は無い。
剣を向けて来る相手の腕や顔を軽く斬り付けると
男は逃げて行った。
「…この場は助かった。
キミは今日会った男子だな?御礼は必ず…」
「何があった?」
「キミ強いのだな。私の部隊に入れ。
規則は特別に緩くしてや…」
「なんで殿下が1人でこんな場所で?
命まで狙われて?」
「…狙われてはいない。ただ私情の絡れだ」
「私情の…もつれ?
どうして付き人もいないんだ?」
「…私情だ。…情事にまで付き人がいたら
ムードも何も無いだろう?」
「…情事…?」
「フッ…驚いたか。悪いな、子供にこんな話…」
「子供ではない。…酒だって飲む」
「そうか。…大人、皇子ともなれば全て政なんだ。
金や命、情事も全て。愛なんて無いしな」
「……」
「失望したか?こんな奴の為に剣を振って…」
「…そうだな。
まぁ大人…両班は皆そうなんだろうな。
だからお偉いさん…権力を振りかざす奴は嫌いだ」
「…きらい、か…」
そう言う男の顔は僅かな月明りに照らされながら
遠くを見つめて哀しそうに語りかける。
霊の視線はそんな殿方から微動だにしない。
息をするのを忘れるほど見惚れていそうだ。
「それでも私は正室とも側室とも寝るし、
寄ってくる男達とも寝る。全て政だからな」
「……知らぬまに傷付いてもか?」
「政だ。皆の気持ちに配慮など出来ない」
「違う。
皆、じゃなくて、アンタが傷ついてるんじゃ…」
「…フッ…そんなこと……」
「部隊には入らない。
殿下が私情で1人で動く時にお供する。どうだ?」
「…いい案だな。お前を連れて歩くのか…
…お前を傷付けてしまいそうだがな」
首を傾げる霊。
思った事を口にしそうな霊は、
聞きたい事を躊躇する癖もあるらしい。
暫く質問も返事も発せずに黙りこく霊。
霊より少し背が高く凛とした姿勢の男が
霊を見つめて優しく笑った。
その瞳には月が輝いて見えた。
「…月…」
「?…本当だ。酒の香りがする。…子供のくせに」
「…子供ではない…と言ってるだろ…」
月が浮かぶ瞳で優しく笑う男は霊の肩に手を置き、
唇が触れそうな距離で酒の匂いを確認している。
身動きが取れずにいる霊の心境は分からないが、
こんなに優しく揶揄われたら…
子供扱いもしょうがないと思うか、
それとも子供だと思い知らされて苦しくなるか…?
「…フッ…よろしくな」
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