4:居座る霊~現~


居座る霊。ただ無理矢理に居座る同居人。

それなのに、

僕がお酒を飲んでいるとそのうちやって来ては

同じものを美味しそうに飲み始めるから

ついつい僕も味わって飲んでしまう。

味わうと…飲む量が減った気がする。

死神が自分の身体の心配とか、

してるわけではないのだけれど。



「…はぁー…寝る前の酒は美味いなぁー」


今さっき帰って来た様子の同居人は、

僕が座っているダイニングチェアの

すぐ隣の椅子にどかっと座り、

飲み始めたビールの感想をため息混じりに言った。

そのビールは僕が買ってきたような…

曖昧な記憶しかないけれど。


「なんかさ、当たり前に飲んでるけどさ、

それ僕のビール…じゃないの?」


「え、…俺が買ってきたビールだけど。

そしてアンタが飲んでるのも、俺が買ったやつ」


「……」


軽い夕ご飯として茹でた野菜を食べながら、

5本目のビールを飲んでいた。

この並んだ空き缶の事を言っているのだろうか。

…勝手に人のものを飲んだのは僕か?

僕はすぐ記憶が無くなる事実を伝えるか?

いやいや…信用出来ない霊なんかに言いたくない。

けど、何処まで誤魔化せるか…


「…僕が買ったやつじゃなかった?

ごめん。間違えた」


「ふっ…まぁ、俺は金持ちだし?

また買い物してくるからいいんだけど」


「…これからも、お前のビール飲んでいいのか?」


「ん。別に何も問題ないけど?買い物楽しいし。

…死神が飲んでると、俺も飲みたくなるし…

こういうの、凄く…懐かしいからな……」


同居人の表情が変わった。

何かを懐かしんでいる表情なんだろう。

屋敷から出て行く時の無口で無表情な時よりも

重くて切ない顔になった。

これは…僕の弱みを握られるよりも先に

コイツの弱みを握るチャンスか…?


「…お前はいつから霊なんだ?」


「ん?死んだのは…もうすぐ200年前になるな」


「……200年…霊にしても…長いな…

なんで成仏しないんだ?」


「俺が聞きたいね。どうして俺は出来ないのかね。

何か…死神は知らないか?」


「え?」


「アンタは……いつから死神に?」


「……」


何かを知っていそうな…

何かを知りたそうな…

真っ直ぐ過ぎる瞳が僕を貫いてくる。


「…アンタは、…俺を知らないか?」


「……」


知るわけない。

…僕は、弱みを勘づかれたんだろうか。

それならどうせ誤魔化しても

数日経ったらばれてしまうだろう…


「…知るわけない」


「……」


真っ直ぐに貫いてきている瞳が揺れて、

驚いたような、諦めたような、悔しそうな表情で

唇を軽く噛んだと思ったら

瞳から涙が一筋流れ落ちた。

泣き顔なら毎日のように死者に会う度見ているのに

あまりにもシンプルに涙が落ちたから…動揺して…

涙の理由を知りたいのにどうしたらいいか…


「…知るわけないんだ。

僕は…全く記憶を持たないから」


「……」


「大罪を犯した記憶も無ければ

死神としての毎日も、数日経てば消えている」


「……」


「…なんでそんな反応なんだ?

…なんだよ。僕の事が可哀想とか?

?おい、自分で泣いてるの分かってる?」


「…ぁあ、涙…もう枯れたと思ったのに」


微笑み、汗を拭くような軽さで目元を指で拭った。

そして持っていた缶ビールを飲み干して立ち上がり

台所から出て行こうとする霊に

声をかけてしまう僕。


「ね、寝るのか?」


「んー…寝ようと思ったけど…

ちょっと出かけてくる」


「どこに?」


「…別にいいだろ」


「あぁ…別にいいんだけど、いつもそんな顔して…

今もそんな顔でどこに行くのかと思って…」


「……来るか?」


「へ?…僕?」


「…アンタが見たいと言っていた場所…

いや、何でもない。行ってく…」


「行く!」





無理矢理ついて来たような…

けど数歩先を歩く霊は、時々優しく振り返る。

連れて来た事を躊躇っているように見えるのは

この場所を独り占め出来なくなりそうとか

そんな心配からだろうか…

さっきの涙はなんだったんだろうか…


「……ぅわー……」


霊が屋敷の廊下から裏口の扉を開けると、

霊が描いた絵と同じ光景が広がっていた。

いや…絵よりも明るくて、花もとても鮮やかだ。

一面の花は見る限り何処までも続いている。


「……きれー…」


感動して歩き回る僕とは反対に、

来た扉へとすぐに戻った霊。

僕に視線も向けず辺りを確認するように見回して

明らかに不機嫌でソワソワしている。


「…ほんとに独り占めしていたかったんだな…

ケチなんて言ってごめん!」


霊へ聞こえるように軽く叫ぶと、

話しながら歩み寄って来た。


「…独り占めしてたからケチだって?

アンタは気に入った?」


「当たり前だろ、こんな場所…現実?」


「…現実だ…何度現実に打ちのめされても現実…

……ここに、アンタを連れてきたのを…

まだ迷ってるしな…」


「なんで…ここで、花や空に慰められてるとして

それを僕が邪魔しそうだから?」


「……」


霊は軽く笑うだけでなかなか答えようとしない。

僕の弱みがバレたはずなのに

逆に落ち込んでいる霊。

そしてなぜ何の疑いも無く弱みを僕に見せるんだ…


「…お前には、…名前があるだろ?」


「…もう、誰も呼んではくれないがな…

アンタは…?名前も覚えてないのか…?」


「ああ…まぁ…死神はみんなAとかBとかで

呼び合うだけだからな…

お前は、名前があるだろ。記憶があるだろ」


「…だから…1人もそれを共有する人はいない…」


たった今亡くなった、いつも会う死者のように

泣きそうで悲しい顔をしたまま立ちすくむ霊。

その悲しみは今まであった死者と比べ物にならない

重く長い年月が積み重なっているのか…

霊に近づき頭に手を伸ばした。

態度が大きいからもっと大きく感じていたが、

近くで向き合うとほぼ同じ身長で…

死者に触れて確認する時のように霊に触れ、

彼の記憶を見てみようと思った。


「よしよし…」


頭を撫でる。


「…何してるんだ?また慰めてる?」


「ああ」


霊の記憶を見ようとしたのに見れない。

仕事じゃないと見れない?そんな事はないはず。

長く経験してきたはずの死神としての記憶もなくて

僕は何の力も意味も無い…


「フッ…死神が俺を?慰めようと?」


「なんだよ。必要ないか?」


「…必要はない」


撫でていた手が恥ずかしくなって

すぐに引っ込めようと思ったけど続く言葉。


「…必要ではないけど、されても嫌じゃない」


「そう、か…」


霊の頭を撫で続けた。



「…よしよし…」



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