3:途中の絵~現~


途中の絵と言っていた、彼が描いた空と花畑。

朝の支度をしようと部屋から出ると、

その絵を持って、僕の部屋の前に彼が立っていた。


「……」


「…どうしたの。あ、何、その絵くれるの?

僕の部屋に飾っていいの?」


「……いや。この辺に置こうかと…

そろそろ完成させられる気がするから

この辺に置いといてくれ」



そう言って廊下の壁側に置いていった。

…これはアイツの優しさなんだろうか。

幽霊ではあるけど、アイツは思ったより

会話も成り立つ存在なのかも知れない。

まぁ所詮、命を落とした時に神様の指示に従わず

死神から逃げたような悪霊なんだろうから、

同居人としても話し相手としても

期待はしないけれど。


僕も話し相手として期待されてはいないし。


アイツは時々思い詰めたように無口無表情になり、

この屋敷から消えていく。

そして戻って来ると元気に食事をしたり

ゲームをしたりして過ごしているようだけど、

そろそろ完成させられそうだと言っていた絵を

全く描こうとはせずにいる。

そして今日、また出かけているらしい。

最低限しか外へ出ない僕とは大違いだ。

今日の仕事を済ませた僕は

空っぽの記憶を誤魔化す為に必要な酒、

たぶん僕が買ってきたであろう冷えたビールを

冷蔵庫から取り出した。

冷蔵庫の前でビールを開け、枯れた体を潤す。



「……ご飯は…作るの面倒だし、いいか…」


独り言をいつものように話し、

冷蔵庫の横にしゃがんだ。

電気も付けず静かで冷えた屋敷の中、

冷蔵庫の音と熱の隣でこうして酒を飲む日も多い。


「疲れたな…なんで人間でもないのに

人間みたいに疲れたり…お腹が空いたり…はぁ…」


疲れた。今日、僕が担当した死者達は、

聞き分けが悪く屋敷へ連れてくるのが大変だった。

そりゃそうだよな…死んだって、まだ見たいもの、

まだ行きたいところだってあるのに、

死者の世界へ強制的に行かされるんだから。

霊となって49日間は少しだけ彷徨えるとも知らず。


「…知ったって…結果は変わらないか…

見たいもの、行きたいところが僕にはないから

そんな気持ち分からないけど…」



僕は、死んだ時、何を思ったんだろう。

僕は、どういう人生だっんだろう。

僕は、何を見て、何処にいて、何を楽しんでいた?

それを知ればこの空虚な気持ちは晴れるのか…

そして僕が自分で犯した大罪を知れば

今の状況に納得出来るのか……



あるだけ飲んでしまいそうに飲み進めていると、

台所のドアが開き、明かりを付けないまま

僕がいる冷蔵庫へ歩いて来た同居人。

鼻歌混じりで足取りも踊るように軽く、

何故か楽しそうに過ごす幽霊が帰って来たようだ。


「…おかえり」


「うわ!ビックリした!いるなら灯りつけろよ!」


「…お前だって灯り付けずに…

お前が勝手にビックリしただけで、

僕の屋敷で僕が何処で飲んだって

冷蔵庫と話しながら飲んだって別にいいだろ」


「冷蔵庫と話し……別にいいけど。

…相変わらず暗いし、いつもに増して暗い…」


「あぁ、どうせいつも暗いさ」


「…何かあったのか?」


そう聞いてくると霊は冷蔵庫を開け、

僕が飲んでいるビールを手にして

そのままプシュッと缶を手にした指で開けると

冷蔵庫が閉まる前に一口飲み始めた。


「別に。お前はいつも楽しそうだね」


「まぁ…ねー…今日も人間助けて良い事したし。

死神よりはマシかな」


「…だね。僕は何をしてこんな…」


「?…何をしたら死神になるんだ?」


「かなりの大罪だ。僕が怖いだろ?

自分でも怖い。その犯した大罪を覚えてないし」


「覚えてなくて…怖いのか?」


驚いて目を見開きながら、缶ビール傾けて

ゴクゴクと喉を鳴らす霊。


「…ああ…」


「大罪…前世の記憶ってアンタだけ無いのか?

死神は皆無いのか?」


「…幽霊なのに知らないのか?死神は皆そうだよ」


「死神になんて近づこうとも思わなかったから

知るわけないだろ。

まぁ…大罪を犯していたとして…

記憶……無いから良いのか悪いのか…

どっちにしても辛いかもな」


大罪を覚えても無ければ、数日前の記憶も無い。

そんな事まで話したら驚くんだろうな。


霊は話しながら僕の目の前の床に座り込んだ。

もともと座っていた僕の投げ出している長い脚と

脚がぶつかるような距離になった。


「…何…今日はやけに優しいんだな」


「まぁ…気の毒には思うよ。

アンタ友達いなそうだし」


「いるよ。死神仲間が。お前の方が1人だろ」


「…!」


驚いた表情の霊。そんなに驚く事か?

それとも僕の言葉で傷付けたのか…?


「…ごめん」


「傷付いた」


「ごめん」


「慰めて」


「…よしよし」


当たり前のように'慰め'を求められて、

僕もすんなり霊の頭を撫でてしまった。

そして求めてきたのは霊自身のくせに、

僕の伸ばした手に少しだけ驚いた表情。

驚きで大きく見開かれた瞳は、

吸い込まれそうに潤おいを帯びながら澄んでいて

その輝きに僕は驚いて…すぐ手を引いた。


「……」


霊はまたビールを美味しそうに飲みだした。

さっきまで味気なかったビールなのに、

目の前で美味しそうに飲まれる事で印象が変わる。

僕はよく味わうように口にした…


味覚まで変えてきた同居人は

落ち着き静かに、すぐ目の前に佇んでいる。



「…このビール…美味しいな…」






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