Chapter21・教え上手は聞き上手だ
九月 火曜日 四限 英語コミュニケーション
昨日の放課後、保健室での作戦会議の後に生徒指導室で行われた当事者同士の仲直りは予想以上に順調に行われたように見えた。最初に和歌を除いた面子で姫野さんの言い分を聞き取り、その後入室した和歌が彼女の不満の原因を、俺達に言われるまでもなく的確に言い当てて解消しつつ謝ったのが功を奏したのだろう。
姫野さんは賢い、ごめんなさいだけの何に謝っているのか分からない謝罪では完全に自己保身だけが目的だと見抜かれて和歌の謝辞は通じなかっただろう。だから怒りの原因が作戦会議での想定と異なれば俺がフォローする手筈になっていたが、その必要が無かったのは不幸中の幸いだった。即興だとぶきっちょ和歌ちゃんがまたやらかすか心配だったからな。
「まあ、その、私も声を荒げて悪かったわ。ごめんなさい」
先生達が促すまでもなく、そう自ら和歌に謝り返した時の姫野さんの表情に不満は感じられなかった。彼女と一緒に下校した冴上にその後の彼女の様子をMineで尋ねてみたが「もう怒っていない。むしろやり過ぎたと罪悪感を感じているようだった」との返事だったので一安心。
今日の和歌はと言えば学校に来てから三限の現代文までは問題無かったが、いざ四限の英語Cを待つ今になって妙にそわそわしている。まあ昨日の今日じゃ仕方ないか。失敗の解消ができただけであって、童謡みたいに友達が百人できたってわけじゃないからな。
「安心しろって、昨日保健室で相談した通りにやろうぜ。荒竹先生も即決でOK出してくれたじゃん」
「うん、ありがとう。でも、なんかあなたの負担ばっかり大きくなりそうで悪いわ……」
「俺にとっては負担じゃないからいいんだよ。外国語話すのが和歌にとっては負担じゃなくて俺には負担なのと一緒」
「そうなのかな……?」
釈然としない様子の和歌をよそに四限のチャイムが鳴ると英語コミュニケーションの授業が始まる。まず最初に先生は教科書の長文の解説をしながらところどころ要点を生徒が掴んでいるか挙手を求めて確認していく。和歌によるマウント返しの前よりも多くの手が挙がるようになったのはクラスメイト達も先生が丸くなったのを感じ取っているからだろうか。先生も生徒の反応が嬉しいのか、指導に生気が感じられていたが、いざグループワークの時間が近づくとそこはかとなく緊張もしてきたように見える。
(先生、ここは任せてくれって)俺は決意すると、先生がグループワークを指示した瞬間に手を挙げた。
「先生! 俺も真鶴さんと同じ班に入っていいですか?」
「ん? 米沢? どうしてだ?」緊張していた様子の割には自然な演技で返してくる先生。意外とやるじゃないか。
「えっと、理由は二つあります。一つは俺が本気で英語音痴の汚名奪還したいからです!」
「奪還ってお前……。汚名は返上な! どうした米沢! 日本語もできなくなったのか?」
先生のツッコミで教室内に笑いが起きる。
(おおっ、アドリブのボケも拾ってくれた。やっぱ言語の先生って言葉遊びが好きなのか?)内心で起きた歓喜の感情をそのまま返答に利用する。これならいける!
「先生それですよ! それ! ツッコミ! 今英語ができなくて当たり前の俺ならツッコミ易いでしょう? 普段から真鶴さんにツッコまれているから指摘し易いと思うんです。間違いを言ってツッコまれている俺を見てみんなが学べばいいんですよ。人の恥見て我が振り直せって諺があるでしょう?」
「なんか他の諺と混ぜてないか? それにその混ぜ方だと良い振りを真似るポジティブな意味で使えないだろう? 劣化しているじゃないか。 でも、言われてみるとそうだな……。真鶴さんはどう――――」今度は滑った諺のボケも丁寧に拾い、尚も自然な演技で先生が和歌の同意を取ろうとすると――
「えー、なんでルーさんだけ? ずるくね? 毎回和歌ちゃんにネイティブ英語を教えてもらえるんでしょ? 別に俺だってツッコまれても問題ないよ」一人の男子生徒が不満の声を上げると、それに乗じて主にカースト中~上の男子達が続いて不満を述べ始める。
「てか、ルーさんは一緒に登校していて和歌ちゃんといつも会話してんだろ? そん時に習えばいいじゃん」
確かに和歌が男子生徒達の興味を惹いていたのは知っていたが、和歌との会話の橋渡し役ができているとばかり思っていたので、こうもはっきりと不満が出るほど妬かれるとは正直想定外だった。どう返すか悩んでいるとヤジに悪意が乗り始め――――
「てか、高一でbe going toも分かんねえんだからさ、ルーさんもう手遅れだろ? もう無駄だからやめとけって」
「なっ、あなたっ!」流山の言葉に一瞬だけ俺もカチンと来たが、ほぼ同時に隣から聞こえた和歌の気色ばんだ呟きを聞いて、俺の血は頭に上る前にサーっと引いていく。
(いや待て和歌! お前の気持ちは嬉しいけど今ここで怒るのはまずい! クラスメイトを納得させながら短気を起こしたお前もなだめるのはきついぞ!)自身の短気はなんとか抑えられても思考することが増えてしまって集中できない。先生も流石に暴言が過ぎると思ったのか注意し出すが、男子達のボヤきは止まらない。ついに俺がテンパってしまったその時――。
「まったく、うるさいわね!」苛立った姫野さんが男子達を一括した。そしてお姫様のお怒りにクラス全体の鼓動が一瞬止まったかに思える中で、冷たくも落ち着いた口調に転じて話し出す。
「先生が真鶴さんに意見を聞こうとしていたのを聞いていなかったの? 大事なのは真鶴さん本人がどう思うかでしょう? それにそんなにあんた達が真鶴さんに教えてもらいたいなら米沢と真鶴さんの代わりに女子が二人入れ替われば良いじゃない。そうすればあんた達が教えてもらえる機会も少しは増すでしょう?」
クラスのお姫様のお言葉を受けて他の女子達もまるでお付きの侍女のように姫野さん側に立って男子達に異論を唱え始める。クラスは混沌とし始めたが俺にとっては好機だ。姫野さんが俺と和歌をペアにして抗議をしてくれたので、自然と女子達の主張も沿ったものになっている。
「男子も女子も静かにしなさい! 姫野、話を戻してくれてありがとう。先生も真鶴さん自身の意志が優先だと思う。真鶴さん、どうする?」
「私は……英紀にお願いしたいです」
和歌の答えを聞いてボヤいていた男子達がため息交じりに脱力するものの、女子達の意見と相反すると分かったからだろうか、もう不満の声は上がらなかった。結果的に今回お邪魔するグループの女子二人が自主的に俺達と交代して俺を含めた男三人と和歌一人で今日のグループが完成。
いざワークが始まるとさっきの仕返しなのか、男子二人の俺への英語粗探し集中砲火が始まる。
(しんどくなったな、やばいかも)と思って最初は身構えるが――
「二人も英紀に教える時はできるだけ英語で言ってあげて、実際に使ってみるのが一番覚え易いからあなた達のためにもなるの。分からない時は私に聞いてくれれば答えるわ」と和歌が二人に提案すると、自然と和歌は受けた質問に答える側に回るサイクルが出来上がる。昨日の姫野さんの時と比べると段違いにいい感じだ。やっぱり和歌は不器用なだけで、根本の性格は面倒見が良くて優しいんだ!
俺と和歌のペアが会話の中心にはならないと男子二人も肌で感じ取ったのか、徐々に二人の言葉から毒は抜けていき、抜けた毒に反比例して彼女の笑顔は更に増していく。ワークの時間が終わる頃には身振り手振りを交えて教え合う一番盛り上がったグループになっていた。
***
「和歌、姫野さんにお礼しに行こう」
今日一番の山場だった英語Cの授業が終わると、俺はすぐさま和歌だけに聞こえるように声をかける。
和歌が真っ直ぐにこちらを見据えて言った「ええ、そうね。行きましょう」との回答を聞いて一安心。ぶきっちょの和歌さんにも今日のワークの班分けができたのは姫野さんの鶴の一声のおかげだったということは理解できているらしい。説明の手間が無くなって助かる。俺達は立ち上がってクラス前方にある姫野さんの席に向かう。
「姫野さん、さっきは――」
「米沢? と真鶴さん? えっと……ちょっと後にしてくれる? 今日は学食に行くの」姫野さんは今まさに開けようとしていた弁当箱を閉じると、自分の席に集まろうとしていたカースト上位の女子達に声をかけて立ち去ろうとする。
「あ、私達はお礼がしたいだけなの」
「真鶴さん、分かってる。ありがとう。でも後にして」
「あ、はい。ごめんなさい」
和歌の返事を背に姫野さんはそそくさと女子達と合流すると教室を去る。やむなく自席に戻ると和歌が不安そうな顔をして尋ねてきた。
「まだ私嫌われているのかな」
「いや、どうだろう。確かに笑ってはいなかったけど、怒るとか嫌うみたいな否定的な顔もしていなかったと思う。なんだろう、焦っているように見えたな」
「そう、英紀にも分からないのね」
「そりゃそうだ、だからこそ考えないとな。またタイミング見ようぜ」
「うん、分かった」
俺達は盛り上がった四限の授業とは一変して、消化不良な気分のまま他のクラスメイトに遅れて食事を摂り始めるのだった。
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