Chapter20・日本人だからこそ分かるんだ

9月 月曜日 6限 数学……をサボって保健室


 俺が堂々と保健室に入るとノートPCで作業をしていた養護教諭の白井保子しらいやすこ先生が何事かとこちらに振り返る。サッカーは少なからず怪我をするスポーツなので何度か俺もお世話になった先生だ。


「先生、こんにちは。ちょっと教室でトラブルがありまして、少し休んでいいですか?」


「トラブル? 何があったの? 体育じゃないんでしょう? あなたは、確か米沢君だっけ?」


 先生の質問に和歌と一つ一つ答えていって事情は伝わったが、ただ一つだけ肝心なことが伝わらない。


「真鶴さんと姫野さんの距離を一時的にとるためと言う理由は分かったけど、米沢君まで授業を抜け出す理由にはならないでしょう」


「先生、言ったじゃないですか。今後のために話し合いたいからだって」


「本当に? 英語の授業を抜け出したかったんじゃないの? あなたの英語嫌いは有名なんだから」


「保険の先生まで知っているって、俺の成績駄々洩れじゃないですか? いいんですか? この学校の情報管理?」


「先生から聞かないでもあなたの学年の生徒から自然と噂なんか入ってくるのよ。悪い噂は英語が苦手だということだけだから、友達には好かれているみたいだし安心しなさい。とにかく! 真鶴さんの話は私が聞いておいてあげるからあなたは教室に戻りなさい」


「いいな……」俺の背後でボソッと呟く和歌。


(噂の拡散速度は友達の人数に比例するんだからいいことばっかじゃねえよ)とツッコみたい気持ちが芽生えるが、落ち込んだ和歌にかけるべき言葉ではないから口には出さずに摘み取る。そして先生に返す言葉を考えている内にキンコンカンコンと鳴り響いた5限終了のチャイムを口実にして更に畳みかけてくる。


「ほら、5限も終わったし次の授業のためにあなたは戻りなさい」


「いや、まだ休み時間ですから少しだけ。教室にいる奴に姫野さん側の言い分を聞いておくようにMineします」


「そう? じゃあ次の授業に間に合うように出て行きなさい」


「はい」とは返事をしたものの、居残りをまだ諦めた訳ではない。時間稼ぎも兼ねて冴上にMineのメッセージを作り出す。


(姫野さんにも怒った理由を詳しく聞いておいてくれる? 和歌の考えはこっちで聞いておくから、後ですり合わせ――)と文章を作っている途中で保健室のドアが開いた。荒竹先生だ。


「お疲れ様です。白井先生、真鶴さんの話を聞きたくて来ました」


「荒竹先生、お疲れ様です。今ちょうど二人から出来事についてだけ聞いたところですよ」


 先生二人の挨拶の間にメッセージを完成させた俺が即送信すると、すぐに冴上から(任せろ。今やってる)と返信が返ってくる。流石だな冴上。


「荒竹先生、俺もクラス内で解決するために和歌の話を聞いて話し合いたいんです。次の授業を俺も休みます」


「はぁ、荒竹先生、米沢君は戻りなさいって言ってるんですけど、この子この調子で聞いてくれないんですよ」


「いや、白井先生、私もできれば米沢にはいて欲しいと思っています。彼らは保護者同士も付き合いがある幼馴染らしいので、より気軽に話せる人がいた方がいいと思うんです」


「そうなんですか? でも米沢君の授業は? 成績のこともあるし」


 白井先生は荒竹先生に意外そうにそう返したので俺は思わずツッコむ。


「白井先生、もしかして俺が全教科できないと思ってません? 苦手なの英語と古文漢文だけなんですけど、それに次の数学は俺得意ですから」


「あら、そうなの? ごめんなさいね。知らなかったの」


「無自覚に人を傷付けるの酷いですよ! 俺が雑魚メンタルだったらどうすんですか!」


「大丈夫! あなたはマッチョメンタルだから筋肉みたいに痛めつけるほど超回復で強くなるわ」


「それ、なんだかマッチョメンタルって言うよりもマゾメンタルって言われている気がするんですけど?」


「いいな……羨ましい……」


「良くねえよ! 和歌、絶対意味間違えてるぞ!」


「え? 傷ついても元気なんでしょう?」


「いや、マゾメンタルだったら別の意味で元気になるな」


「?」首をかしげる和歌。


『米沢!(米沢君!)』二人でハモって俺の下ネタを止めに入る先生達。


「米沢、白井先生は俺に質問していたんだから会話の腰を折るな。それで米沢は確か数学の成績は優秀だったな?」


「はい、一学期は9でしたよ」


「じゃあ今日の数学の遅れは自学で取り戻せるな?」


「はい! ていうかもう二学期の範囲なら分かります!」


「私も英紀がいてくれた方が話しやすいです」和歌も自ら後押しする。いいぞ。


「そうか、じゃあ式部先生と数学の先生には私が伝えよう。米沢、B組の数学は数見先生で良かったな?」


「はい」


「分かった。じゃあ白井先生、英語の遅れに関しては私が責任を持って米沢に教えますから一緒に話し合っていいですか?」


『ええ、いいですよ』俺と白井先生が異なる発音で同じ言葉を口にしてハモった。白井先生の発音は承諾だったのに対して、俺の発音が遠慮だったのをいぶかしんでか、彼女はジト目で俺を見据える。そんな白井先生をよそに荒竹先生は早速保健室の内線電話で職員室に連絡を入れていた。どうやら数学の数見先生は職員室を出る直前だったらしく、問題なく俺と和歌の授業欠席が伝わったようだ。内線を切ると荒竹先生は壁に掛けてあったパイプ椅子を広げると、俺達の方を向いて腰をかける。俺と和歌も保健室壁際のソファに並んで座って先生たちと向き合うと一呼吸の間を置いて荒竹先生は話し出した。


「さて、真鶴さん、まずは私がお願いしたグループワークをきっかけにトラブルが起きてしまって申し訳なかった」


「いえ、先生が謝ることではないです。私も自分でやると言いましたし。だから頭を上げて下さい」


「ありがとう真鶴さん。それで、なんで口論になったのか教えてくれるか?」


「荒竹先生! 直球過ぎますよ! まずは女同士で私に聞かせて下さい。スクールカウンセラーの経験もありますし」


「白井先生、大丈夫です。話します」


「あら、そう? じゃあ話してみて、でも無理はしないでいいから話したいことだけ話しなさい」


「はい、ありがとうございます。ええとまず今日のグループワークではレストランでお客二人とウェイターの役に分かれてロールプレイをしていました。お客同士ではカジュアルに、ウェイターと客の間ではフォーマルに話して練習していたんです」


「なるほどね。それで?」唯一現場にいなかった白井先生が真剣な表情で続きを促す。


「それで、姫野さんの英語を聞いていて思ったんです。彼女の英語はすごく奇麗で正しいと思ったんですけど、友達同士の会話の時に硬さを感じる表現が多かったので、『こういう言い方もあるよ』とか『こっちの方がもっとカジュアルだよ』って教えていたんです。最初は『ありがとう』って言ってくれていて、嬉しかったんです。その後もいくつか怒ってしまいました」


(はぁ……やっちまったか……)俺はつきそうになったため息をなんとか口内で噛み殺しながら隣の和歌の話に引き続き耳を傾ける。


「私、姫野さんは英語が得意で好きだって聞いていて、それなら私も手伝えることがありそうだし仲良くなれるかもと思っていたんです。英紀も応援してくれていたし、だから私は頑張って話したんです。でも、『バカにするな』って言われてしまいました。最初はありがとうって言ってくれていたのに……。私は全然姫野さんをバカにしていなかったのに、何か私が悪いことをしたみたいに言われました。遼も私に姫野さんに謝れって言ってました。今まで和歌さんって呼んでたのに急に他人みたいな言い方になって……。もう私分からない……」


 なんてこった……そこまでぶきっちょだったとは。「それくらい分かれよ!」とツッコめればどれだけ楽か、でも真剣に悩んでいる和歌に言ってしまっては、崖っぷちの遭難者をレスキュー隊が奈落に突き落とすようなもの。共感性羞恥で心が痒いけれど、ここは冷静なふりをして崖から救い出さないと!


「俺は分かるぞ」


「えっ? 何が分かるの?」


「今話してくれていた問題の原因が何かだいたい分かる。和歌の仲良くなりたいって気持ちが何で反対になって伝わったのか分かるんだよ」


「なんで? 教えて!」羨望の眼差しで俺に振り返る和歌、語っている間は俯き加減に対面する先生達の方を向いていたので、自然と俺を上目遣いに見上げる形になり、隣に座っていたため肩も触れ合う。普段気丈な分しおらしい雰囲気とのギャップにドキリとしてしまう。もし意図的にやっているんだったら大した小悪魔だが、和歌のぶきっちょぶりは既に今しがた自身が証明済みだ。俺は気にしないよう努めて質問に答える。


「まず本題の前に冴上だが、あいつが和歌に謝るよう言ったのは和歌を責めたからじゃない。むしろ和歌を助けるために言ってたんだ」


「え? どうして? だって遼も私を急に苗字で呼んでいたじゃない? 私よりも仲が良い姫野さんを怒らせたから、私を……友達みたいに呼びたくなかったんじゃないの?」


「それは違うと思うぞ。まだ確信はないけどあえて苗字で呼んで和歌と距離を置いて見せることで、姫野さん側に付いているように演出して彼女の怒りを抑えようとしたんだと思うよ。呼び方については俺も思うところがあるから冴上に話は聞いておく。とにかくだ、冴上は和歌を助けようとしていたんだ。もしあの時冴上が姫野さんを止めていたらどうなったと思う?」


「それは……分からないわ……」


「クラスのみんなが見ている前で、クラス一の人気者に悪者として注意されるんだ。ただでさえ和歌に傷付けられていた姫野さんのプライドがもっと傷付いていただろうな」


「プライド? 私が姫野さんのプライドを傷付けたの?」


「ああ、俺はそうだと思っている」


「どうして? 私はバカにしていないのに!」


「和歌、落ち着いてくれ」俺に詰め寄ってくる和歌の両肩を両手で押さえて落ち着けようとすると、華奢な体が小刻みに震えているのが感じられた。マズったな。いくら和歌の気が強いからと言っても俺の話し方は共感を欠き過ぎていたか。


「和歌が姫野さんのために英語を教えようとしていたってのは分かるよ。今朝だって俺がバゲモンの英語版のセリフについて質問したら全部答えてくれただろ? 俺が分かるまで言い直したり、発音に付き合ってくれた。そんな和歌が姫野さんをバカにする訳がないって俺が一番分かっている!」


 言い切ったその時、和歌の瞳がふと煌めいたかに見えた。滲んだ涙を隠すためか彼女は顔を伏せる。


「ただな、和歌。英語の間違いを指摘されるのに慣れている俺と姫野さんは違うんだよ。姫野さんは和歌が転校してくるまではクラスで英語の成績が一番だったんだ。宿題も忘れないし課題の内容も俺には分からないけどすごいらしい。その成績も努力で積み上げた人なんだよ。それだけ努力して結果を出していたらそりゃあプライドも高くなるだろう? つまりだ、いつも間違いを指摘されている俺と違って免疫がないんだよ」


「免疫?」一単語が通じなかったので、白井先生と荒竹先生が補足してくれる。補足が終わるとまた俺に話を譲ってくれるので二人も俺に任せてくれているのか。


「今まで一番だったのに自分を圧倒的に超える天才がやって来て、更にみんながいる前でその実力差を披露されるんだ。悔しさになれていない人には耐えられないんだろうな」


「そんな! 私は天才じゃない! 普通なのに!」首をぶんぶんと振って否定する和歌。


「そこだよ! 実は俺も和歌を天才って呼んで怒られた時に違和感を感じていたんだ。なんで和歌が天才だって言われるのを嫌がるのかってな。気になっても答えが見つからないから触れていなかったけど、この前和歌のお父さんから聞いた話でやっと納得したんだ」


「パパの?」父親の名が出るとは思っていなかったのか、滲んだ涙を隠すのも忘れて再び和歌は俺を見つめる。


「米沢、先生もその話は気になるから話してくれるか?」荒竹先生も気になったようで口をはさむ、白井先生も興味深そうにうなづいている。


「はい、言語学者をしている和歌のお父さんに英語……というか英語の勉強法を習ってまして、ちょうど一昨日のレッスンの時に『俺には和歌みたいな才能は無いから無理』って言ったんです。そうしたら教授は和歌は天才じゃないって」


「うん、それで?」担当教科にも関わる話題だからか、それまで生徒を案じる様子で真剣に聞いていた先生の表情に好奇心が宿って見える。


「和歌が数か国語に堪能なのは才能があるからではなく、和歌を語学習得に適した環境に意図的に置いたからだそうです。教授曰く語学は学力や才能よりも環境が大事だそうなんです」


「なるほど、確かにな」


 頷く先生から和歌に向き直って再び語りかける。


「それでな、和歌。俺は教英先生にレッスンで教わったから、和歌が自分が普通だと言っても納得できるんだ。でもな、何も知らない人からするとやっぱり和歌は天才なんだよ」


「天才……。普通じゃない……?」


「ああ、みんなにとってはそう見えているんだよ。そして普通の人にとって天才の才能ってのはどんなに欲しがっても手に入らない。そんなものを持っている人が目の前に現れたら羨ましいだろ? それどころか自分が努力しても手に入れられなかったものを才能で手に入れた人がいたら妬ましいと思うかもしれない」


「そう……だったの……私、自慢しているつもりはなかったのに、みんなに自慢しているように聞こえていたのね。ねえ英紀、どうしてあなたはそんなに人の気持ちが分かるの?」


「どうして? そりゃあ相手の表情とか雰囲気を見てなんとなくかな」


「なんとなく? なんとなくで分かっちゃうの? 私は表情を見て考えても外してしまうのに英紀は考えないでも分かるの? 私にはあなたがテレパシーでも使っているようにしか見えないわ」


「テレパシー? そこまですごいもんじゃないよ。言葉だけじゃなくて相手の表情も観れば分かるんだからさ」


「私も見た! 姫野さんの表情を見たのよ! 最初は彼女は笑って『ありがとう』っていったの! それでも違っていたんでしょ? 本当は怒っていたんでしょ? あの時もそうだった。みんな笑っていた。それどころか自分から『教えてくれはる?』なんて言ってた。言ってたから教えたのに!」


「くれはる? 京都にいた時のことか?」


「うん、みんな最初は笑っていたの。笑って『真鶴さん英語がえろう上手で羨ましいわぁ。私にも教えてくれはる?』って言っていたの。褒めてもらえて嬉しかった。教えて仲良くなるきっかけになりたいと思って頑張った。頑張ったの! なのにある日いきなり無視された……。仲が良いと思っていた娘もみんな。前の日まで『上手やわぁ』とか『羨ましいわぁ』とか笑って言っていたのに! もう分かんない! Ich verstehe gar nicht was Japaners denken!(日本人が何を考えているのか全く分からない!)」


「落ち着け和歌! 外国語じゃ分かんねえよ!」語るごとに興奮してついに外国語で話し出した和歌の肩を支えて落ち着ける。我に返った和歌が俺の腕を取り、俺の膝に下ろそうとすると自然と手が触れ合った。女子と触れ合った感覚によって、視線は本能的にその触覚を追ってしまい、彼女の手のきめ細かく白い肌を視界に捉えようとする。しかし落ち込んでいる女子の手との触れ合いに歓喜する本能に俺の理性が相反したのか、俺はとっさに手を引いた。にもかかわらず触れ合う和歌の手の感触はより深く強くなる。見るまでもなく肌を通じて和歌が俺の利き手を両手で握って引き留めているからだと悟る。


「ねえ、どうすればあなたみたいにたくさん友達ができるの? 私、あなたが羨ましい! あなたみたいになりたい!」潤んだ瞳で和歌は懇願する。 


「羨ましい? 和歌が? 俺を? いや、俺こそ和歌が羨ましいよ。だって和歌は話せる外国語の数だけ自分の中にその国の文化や習慣が身に付いているんだろ?」


「そう……なのかな……? でも少なくとも日本の文化とか習慣は分かっていない気がする。だから今悩んでいるんだもの」


「教英先生が言ってたぞ、外国語を身に付けるということは自分の中に外国人の感性を持ったもう一人の自分を育てることだって。日本については今まで身の回りに日本人が少なかったんだから仕方ない。これから慣れていけばいいんだよ。それに、俺はもう問題は半分解決できたと思ってるぞ」


「え? どうして?」


「だって今の和歌は問題の原因に気付けただろう? 原因に気付いたなら対策できる!」


「でも、どうやって?」


「簡単だ。和歌がまだ日本人の考え方が分からないなら俺で慣れればいい。迷ったときは俺に聞けばいい。なんたって俺は日本語しか読めない、書けない、聞けない、話せないの四重苦だからな、日本人的な考え方の塊だ! だからもう和歌がするべきことをいくつか思いついたぞ」


「えっ? それは何?」


「まずは教えないことだな」


「教えない? 英語を?」


「そう、今後英語のグループワークでクラスメイトの英語の間違えや不自然な表現に気付いても教えないんだ」


「それは……どうして?」


「人間は興味を持っていないことを教えられること、そして興味のない人に教えられることにストレスを感じるからだよ。むしろ人と情報に興味があれば自分から聞いてくるもんだよ。例えば俺ならクリスティーン・ロナードが目の前にいたら『どうしてそんなにイケメンなんですか?』って聞くよ。でも素行が悪くて嫌いなメイマールとは話したいとは思わない」


「ふふっ、そこは『サッカーを教えて下さい』って聞きなさいよ。でもその例えで分かったわ。サッカー部員にとってのスター選手みたいに尊敬できる人だったら自分から教えて下さいって素直に言えるのね。確かに今考えると私が姫野さんにとってスター選手みたいに思われているか考えないで、気が付いたらすぐに教えていた気がする」


 突発的に挟んだボケにはにかみながらツッコむ和歌を見て、女子を勇気付けられたと実感する。男として頼られて自尊心が満たされたからか、高揚感に包まれつつ引き続き言葉を紡ぐ。


「和歌の場合はスター選手並みに実力はあるんだけど、和歌が姫野さんにとって尊敬できる人なのか考えずに教えてしまったこと。そして情報を欲しがっているか知る前に教えてしまっていたのが問題だったんだよ。教えるから仲良くなるんじゃない、仲が良いから教えられるんだよ」


「ありがとう英紀。なんで姫野さんが怒ったのかやっと分かった。なんで遼が私に謝れって言ったのかも分かったわ。でも、姫野さんは私が謝ったら許してくれるかな……」


「和歌……やっぱりお前すごいよ! 俺から謝るよう勧める前にもう自分で気づいちまった。俺に言われないでも自分から謝ろうって思える素直さがあるなら大丈夫だ」


「そう? 分かった……。ありがとう英紀……嬉しい……」


 和歌は微笑むと滲んでいた涙を手で拭った。それは同じ涙であったはずだったが今の彼女の表情と相まって全く異なる輝きを放っていた。


 その一方で視界の端では今の会話を聞いて眉間を手で押さえて天を仰ぐ荒竹先生が見えた。あれ知ってるぞ、俺も黒歴史がフラッシュバックする時に取るポーズだ。どうやら心あたりを指摘してしまったのか、和歌を元気づけるついでに先生に黒歴史を刻んでしまったらしい。先生には悪いが今は和歌の問題解決に思考を割かないと。


「和歌が謝る気になったんだから後はタイミングだな」


「私はいつでもいいわよ。早く解決したい!」


「早まるなって。今冴上が姫野さんの気持ちを聞いてくれているはずだから」


「ちょっといい? 米沢君、真鶴さん? できれば仲直りには私と担任の式部先生も同席した方が良いと思うんだけどいいかな?」


「それでしたら私も同席したい。私の授業で起きたことだし」


「なんか先生ばっかり多くないですか? 和歌と姫野さん次第だと思いますし、あと生徒が和歌側だけ俺と和歌の二人ってのも良くないと思います。姫野さんを責めるような雰囲気を作らないためにも同席する生徒が彼女にもいた方がいい。冴上がちょうどいいですよ。姫野さんの話を聞いてくれていますし」


「確かにそうね。米沢君よく気付くじゃない」


「本当、私は早く謝ることしか考えてなかった。やっぱり羨ましい……」


「褒めるのは成功してからでいいよ。そして成功してからが本番だ。今度こそ和歌の語学力を友達作りのきっかけにしよう! それに今話しながらもうアイデアが浮かんじゃったよ! これなら和歌が存分に語学力を発揮して友達作りに繋げられる!」


「えっ? それは何? 教えて!」また身を乗り出して聞いてくるが、今となってはその表情から悲壮感はもはや消え去っていた。


「まだ秘密! 教えるのは仲直りが成功してからな!」


「意地悪! でも、ありがとう英紀」


 少し拗ねたような顔から和歌は保健室に入ってから一番の微笑みを浮かべる。


(やっぱり、可愛いかもしれない……!)


 俺はうかつにも感じてしまった気恥ずかしさを隠すために、前言を撤回して早速アイデアを話し始めた。

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