Chapter14・姦と男の姦しティータイムだ
高一 9月 土曜日 放課後
二学期の第一週が終わった。部活を終えて西日の熱気がようやく落ち着く中、一人今週を振り返りつつ帰路を歩いていた。
火曜日の帰り道に自らの意思で和歌の帝東における友達作りを手伝うと宣言した手前、今日に至るまで彼女の様子を気にしていたものの、特に目立った問題は無いようだった。週の初め数日はその外見に魅かれてか主に男子に話しかけられる機会が多いように見られたけれど、週半ばを越えるにつれて徐々に女子との会話も増えているように見えた。まだまだ会話している人数は少ないようであるが、彼女の相手を深く知ろうとする姿勢を考えればペースとしては妥当だろう。
それに来週になればまた英語コミュニケーションの授業がある。英語が好きな姫野さんとグループワークを通じて仲良くなれば自然とクラスでの居場所も盤石になるに違いない。外見では姫野さんのグループに劣っていないからよっぽど和歌のファッションセンスが残念でも無い限り問題ないだろうな。
自宅が視界に入ると、和歌の心配ばかりしている訳にもいかない問題が俺にもあると思い出した。英教先生の英語教室だ。月曜日から今日に至るまで、相変わらず父さんは毎朝バゲモンのアニメを日本語で観賞していたし、更に昨日は帰宅した時に治姉と母さんまで観賞していたのを目撃していたので、教英先生が父さんのみならず家族全員を巻き込んだ戦略で俺に英語を教えようとしているのはもはや明白だった。
この一週間の仕込み作業の効果は絶大で、俺は英語の勉強をやる気は無いにしても、この仕込みの種明かしには好奇心をそそられている。結果として前回に比べれば真鶴家にお邪魔するのが鬱ではない。和歌パパやるじゃないか、流石有名大学の教授と言ったところか。
「ただいまー」
そう帰宅を告げて玄関に入ると見慣れないフラットタイプのアンクルストラップサンダルが綺麗に並べられていた。ストラップに白い花の装飾が付けられた可愛らしいデザインからして家族の女二人の趣味ではない。
先週までの俺なら誰が来ているのか興味を引かれたであろうが、怒涛の一週間を乗り越えた今の俺はそうでもない。来客が誰か確信を持って家に上がり、リビングのドアを開けると、その確信の通り和歌がいた。
水色のオフショルダーシフォンワンピースの上に白いレースのカーディガンを羽織った組み合わせが涼し気な清楚感を感じさせ、更にウエストマークベルトで華奢なウエストを強調して女らしさも魅せている。お気に入りのアイドルスマホゲームで清楚系のSSR衣装が実装されるたびにガシャを回したくなる衝動に駆られる俺にはどストライクな服装だった。正直いって大好物です!
そんな俺の視線に気付いたのか早速治姉が絡んでくる。
「英紀くぅーん? 和歌ちゃんが可愛いからってそんなにジロジロ見るんじゃないの」
「あ、いや、普段治姉がしない女の子らしい服装だったからつい見ちゃったんだ。治姉も若い内に着ておかないと、あと数年でフリルもレースも着られなくなるぞ」
図星を突かれた俺は、気恥ずかしさをごまかそうと挑発で返す。
「ああん? 司法解剖されたいみたいね。どこから切って欲しい?」
「いやいや、司法解剖って意味分かってんのか? 自分で殺ってバラしてたら殺人と死体損壊だぞ。そんなん違法解剖じゃねえか」
「治佳! 英紀! 来客の前で喧嘩すんじゃないの! みっともない!」
呆れた表情で母さんが突っ込むと、和歌が微笑む。
「ふふっ、仲が良くていいな。羨ましい」
『どこが?』ハモって反論する米沢姉弟。
「ほら、息があっているじゃない。でも言われてみれば治佳お姉ちゃんの服装は日本の女の子みたいじゃないわね。そのパンツとブラウスとカーディガンのシンプルな組み合わせはどちらかというとヨーロッパの女の子みたいだわ」
『そうなの?』
またまた姉弟でハモる俺らを愉快そうに眺めながら尚も続ける。
「ふふっ、そうよ。ヨーロッパでは日本の中学生くらいの歳になるとスカートを履く人が少なくなるわ。だからそもそも大人用のスカートが日本に比べると少ないわ」
『へぇ。そうなんだ』女家族二人が揃って和歌の言葉に興味深げに反応する。俺も声にこそ出さなかったものの同じく興味を感じて和歌に注目した。
「だから私もオランダにいた頃はジーンズばっかり履いていたわ」
「じゃあ日本に帰って来てからオシャレに目覚めたって事か?」
「うーん、実はオシャレに目覚めたのは私よりもパパよ」
『教英先生? (教英さん?)』今度は家族三人でハモる。
「ええ、京都にいた頃に家族で買い物に行った事があったの。その時にパパに『日本のお店は可愛い服が売ってるね』って言ったのよ。そうしたら、『欲しいのか? 買ってあげるから着てみなさい』って。私は『見ているだけで楽しいから買わないでいいよ』って言ったんだけど、そうしたらパパったらすごく寂しそうな顔をするの。なんだかかわいそうで着てみたらすごく喜んで、それから買い物に行く度にどんどん服が増えていったの。それでクローゼットの中がいつの間にかスカートとかドレスだらけになったのよ」
「あー、なるほどね。大体わかったわ。娘が大好き過ぎる父親あるあるだわ」
母さんがうんうんうなづきながら答える。隣の治姉も心当たりがあるのかげっそりした表情をしている。
「そうなんですか? 文明さんも?」
「そうよ、うちの旦那も酷かったわ、治佳を撮りたいからって何かと理由を付けては服を買いに行っていたわよ。『治佳ぁ、可愛いよ! 可愛いよ!』って」
「お母さんその話は止めて」
「あっはっはっ、良いじゃないのよ。愛されているんだから。中学くらいからずっと家族写真くらいしか撮ってないんだから、たまには撮らせてあげたら? 英紀が言う通り和歌ちゃんみたいな服が着られるのもあと少しよ」
「ぐっ」母親に言いくるめられて治姉が言葉を詰まらせる。
「良いじゃない。治佳お姉ちゃんは背も高くて体の線も綺麗だからきっと長いスカートもすごく似合うわ!」
可愛がっている和歌にもキラキラ輝く瞳で勧められてもはや治姉は四面楚歌だ。なまじ褒められているだけあって反論で説き伏せる訳にもいかない。治姉、詰んだな。仕方ないから助けてやるか。
「俺も女に見える治姉が見たいなぁー」
俺はあえてニヤニヤしながらそう言った。すると、待ってましたと言わんばかりに治姉が飛びつく。
「そう? あたしも女に見える英紀君が見たいなぁー。あたしが着るんだったらあんたにも着せて写真撮ってやるわ!」
「ええ? 履いていいの? 治姉のスカート? サッカー部の奴らに自慢しよう!」
「変態!」
治姉のツッコミでその場が笑いに包まれた。そして俺は笑いながらふと思いついた疑問を口にする。
「そう言えばさ、去年までは制服でスカート履いていたから気付かなかったけど、なんで治姉って私服でスカート履かないの? いくらパンツの方が好きって言っても一着も無いのって珍しくない?」
質問する俺に茶化す様子がないからか、治姉もふざけずに答える。
「男なのに分からない? 舐められるのが面倒だからよ。女っぽい恰好すればする程男って舐めてかかって来るじゃない? 特にフリフリした可愛い服を着ているとチョロく見えるのよね、きっと」
「モテたく無いって事?」
「違うわよ。人の話聞いてた? 舐められるのが嫌なの! 女を可愛いと思っている時の男って口説き方がウザいのよ。なんだか『お前俺の事好きなんだろ?』って感じの気持ち悪い自信が雰囲気に満ちていて、それが心底嫌なの。『はぁ? あたしを好きなのはお前だろ? なら正直にそれを言えよ!』って思うのよ」
『ふんふん』聞き手の三人が揃って聞き入る。治姉が自分の恋愛観を語るなど珍しいので俺も自然と興味をそそられた。
「そういう男との遭遇率が少女趣味な服を着ている程上がるのよ。パンツスタイルにしても言い寄ってくる男はいるけど、玉砕覚悟の特攻みたいな告白か、女慣れしてる遊び人くらいね。どっちみち面倒くさいけど母数が減る分マシだわ」
「マジか。治姉、そんなにモテるんか。知らんかった」
「バカねぇ。そんな自慢する訳ないでしょう。私の周りに盛ったオスが沸いてますって言うのと同じじゃない」
「でもさ、可愛いのもいい事なんじゃないの? それに容姿に恵まれ無かった人がどんなに望んでも手に入んないんだよ? 治姉はもっと美人に産まれたありがたみを感じるべきじゃない?」
「それは分かるわよ。ナンパされるたびに可愛いとか美人とか客観的な評価を言われて自信がついている自分もいるから否定はしない。でもね、彼らが評価している外見って、たまたまお母さんが美人に産んでくれたから手にしている物であって、私が自分で造り上げた物ではないでしょう? だって私が努力しようがしまいが私の外見はきっと今の私だったんでしょうから。努力で得ていない物を褒められても、何て言うのかしら、歯ごたえが無いのよね。そうね、英紀が好きなゲームに例えるならチートで勝った対戦ゲームみたいにむなしいのよ。私は私が自分の努力で得た物を評価して欲しいわ」
「あれ? そうなの? その割にはサッカー部の奴らに美人だなんだって煽てられて喜んでたじゃん?」
「あんた友達多いようで割と空気読めてないよね。あの子達は本気であたしを落とすつもりで褒めてたんじゃないでしょう? そんな子達にまで『私の内面を評価して!』なんて言ってたら痛くてしょうがないわ。下心が無い素直な誉め言葉は素直に受け取れるから嬉しいのよ」
隣では母さんが娘の熱弁に満足そうに頷いている。美人の母親なのだから自身もそうなのは言わずもがなだ。そして母さんも司法試験に一発合格した元高スペック女子だから共感できる部分があるのだろう。そして和歌は。
「治佳お姉ちゃん。自立していてかっこいい! 憧れるわ! 私もお姉ちゃんみたいになりたい!」瞳をキラキラさせて治姉を見つめていた。
「ああぁっ、もう! 和歌ちゃん可愛い! もう家の子になっちゃいなさいよ! 大丈夫! 英紀が発情しても私が去勢するから!」
そう言うと治姉はたまらず和歌に抱きついて頭をなでなでしていた。和歌は照れ笑いすると、自分を愛でる治姉を引きはがして会話を続ける。
「でもやっぱり英紀と法子さんが言う通り治佳お姉ちゃんが若くて綺麗な時にいっぱい写真を取った方が良いと思うわ。女の私でもこんなに憧れるくらい綺麗なのに、男の人が面倒くさいから着られないなんて可哀想よ。だってお姉ちゃんだってレースとかフリルの可愛い服が嫌いな訳ではないんでしょう?」
「それは……そうね。嫌いじゃ……ない。あれ? でも好きでも……ない……のかな?」
妹の様に可愛がっている幼馴染から純粋に慕う視線を向けられて、治姉に急にいつもの威勢が無くなる。治姉は記憶喪失患者の様なそわそわした様子で今自分が着ている服を気にし始めた。
(はて? ここはどこ? 私はだあれ? なんで全身
「そうでしょう! じゃあ家族でお出かけとか旅行する時に着ればいいじゃない? 家族ならみんな治佳お姉ちゃんがしっかり者のお姉さんだって知っているからどんなに可愛い服を着たって舐めたりしないし、隣にお父さんがいればナンパしてくる男の人もいないわ!」
「和歌ちゃん! それいいわね! やりましょう! 治佳! 悪い事言わないから今の内にたくさんオシャレしておきなさい! 私も若い頃にあなたみたいに考えていた事があったけど今考えればもっとオシャレしておけば良かったと思うわ。男なんて気にしないで良いわよ! そこら中で女をひっかけてるジゴロだって、結局あなたは論破してプライドをへし折ったあげく振ってるんでしょう? 明日にでもお父さんと一緒に行きましょう!」
「ジゴロ?」
「Gigoloよ。イタリア語でPlayboyの意味よ」と和歌はイタリア語翻訳をすると嬉々として母さんと治姉改造計画の話題に花を咲かせる。
「へぇー、母さんも英語苦手なのにイタリア語の単語なんて知ってたんだな」
「違うわ。ただの死語よ」
「へ? そうなんだ?」
そう死語翻訳してくれた治姉の表情は残りの女二人に対してげっそりとしていた。
「理屈じゃ和歌ちゃんの言ってた通りなんだけど何なのかしらね。拒絶反応なのかしら。和歌ちゃんみたいな服を着るなんて考えると全然気乗りしないわ。そしてそんな気乗りしないなんて感情的な思考をしている自分自身が苛立たしいわ」
(面倒くさい姉だな。美人なんだから服くらい楽しめばいいじゃねえか)と思ったが口には出さず。俺は女達の会話から外れた。自室に戻る前に喉を潤そうとキッチンに向かったところで俺は、リビングからの死角で声を殺した男泣きをしながらガッツポーズをする父さんを見つけた。女達の会話を聞いていたんだろう。
「良かったな親父。好きなだけ治姉撮れるぞ」
「英紀! 父さん生きてて良かった!」
やれやれ、俺も娘ができたらこうなんのかな。グラスに入れた麦茶をあおりながらふとそう思った。
Ver1.1 パロディ削除
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます