Chapter13・チアリーダーとアメフトマッチョはアメリカスクールカーストの定番だ
高一 9月 火曜日 放課後
流血試合になった5限の体育に対して、6限の古文は至って平和に終わった。といっても和歌にとってはむしろ6限の方が過酷だったらしく、現代日本語とは似て非なる古代日本語に悪戦苦闘していた。
「発音やリズムは間違いなく日本語なのに何を言っているのか全く分からない。悪魔に語りかけられている気分よ」と語った青ざめた和歌の顔が本人には悪いが面白かった。きっと英語の教科書を朗読している時の俺もこんな表情をしているんだろう。
そんな古典の授業が終わるとそのままの流れで式部先生が帰りのホームルームを行って解散となった。
その後、いつもの補習を終えてから今日は部活にも途中参加した。およそ一時間遅れで参加したからストレッチとアップを済ませると早速練習試合の時間だ。補習が多くなってからというもの他の部員達との実力差が開いているのを実感する。
中学の頃は実力で勝っていた相手に俺はあっけなくフェイントで抜かれてしまった。彼は難なくキーパーもかわして得点を決めてチームメイトとハイタッチをしている。
(くそっ。これじゃレギュラー入りは無理だな。補習さえ無ければな……)
勝敗に関わらずスポーツは好きだ。でも勝った方がより楽しいに決まっている。結果的に練習試合は負けに終わり、運動後の爽快感と悔しさを半々に感じながら俺は部活を終えた。
部活を終えて着替えを済ませて冴上達サッカー部員とB組の教室に戻ると、ちょうど教室から出てきた和歌と鉢合わせた。腐女子グループの数名もいる。
「あれ? まだいたんだ?」
「ええ、今日は英語の補習は無かったの?」と和歌。
俺達が会話を始めると他の女子達は好奇心からか目を輝かせると「先に行くね。頑張って」と言って行ってしまった。
和歌は一緒に行くと言ったが彼女達は「私達反対方向だから校門までしかいられないし」等と言いくるめていた。
その間、和歌と話したそうに見えたサッカー部員達も冴上が妙な気を効かせて連れ去ってしまった。俺はそんな彼らをよそに通学バッグを回収して和歌と共に昇降口に向かいながら答える。
「補習の後に部活に出てたんだよ。和歌は?」
「部活を見ていたのよ」
「へぇ、何部?」
「荒竹先生に誘われた英会話クラブと絵美に誘われたマンガクラブよ。今マンガクラブから戻って来たの」
「絵美? ああ、藤吉さんね。体育の時も一緒に話してたな。何? 和歌も腐女子だったの?」
ついさっきまで和歌といた藤吉さんは自分でもBLの二次創作をしているくらいのガチな腐女子として有名なので、自然とそう疑問が浮かぶ。
「婦女子? からかっているの? 私は見ての通り女よ」真顔で返す和歌。
「違う違う、同じ発音のスラングだよ。腐った女子と書いて腐女子。男同士の恋愛マンガとか小説が好きな女子の事を言んだよ」
「ああ、なるほど。やおいの事ね」※4
「そっちは知ってんのか! てか和歌もそのやおいなの?」
和歌の偏った日本語の語彙と共につっこむ。
「マリー、この前の写真の娘がやおいだったのよ。私は違う」
「へぇ、マリーって言うのかあの娘。あんなに可愛いのに腐ってんのか。世界にはいろんな人がいるんだな」
「腐ったって嫌な言い方ね。私の友達なのよ」
また言葉通りに意味を受けて和歌が眉をひそめる。
「違うよ、悪口で言ったんじゃない。さっき腐った女子って書いて腐女子って言ったろ? だから例えば『和歌は腐ってます』って言うのは『和歌はやおいです』って言うのと同じ意味になるんだよ。言うより見せた方が早いか」
俺はスマホの電源を入れて腐女子と文字入力して和歌に見せた。もう校外に出ていたから見つかっても問題ないだろう。
「ふぅん。悪気は無いというのは分かったわ。でも言われて気持ち良いものでは無いわね」
「ごめんごめん。まあ悪気は無いんだから許してくれよ。で? 英会話クラブとマンガクラブはどうすんの?」
「英会話クラブはやめておくわ。マンガクラブはまだ分かんない。私は読むのは好きだけど描きたいとは思わないから」
「まあいいんじゃないかな。和歌ならもっと別のグループとも絡めると思うからさ」
「どういう事?」
怪訝そうな顔で問い返す和歌。
「どうって、ほらスクールカーストってやつだよ。あ、でもこれ多分スラングだよな。意味わかる?」
「ごめんなさい、分からないわ」
「ええとなスクールカーストっていうのは簡単に言えばクラスのグループのランク分けだな。昔のインドのカースト制という階級制度に例えてスクールカーストって呼ばれているんだ。だいたい3~4階級に分かれて上の方がクラス内での発言力や影響力が高くて下に行くほど低くなる」
「ふぅん」
あまりピンと来ていない表情の和歌。
「あれ? けっこう簡単に説明したと思うんだけどな。映画なんかでもよくあるから通じると思ったよ。ほらよく海外ドラマでチアリーダーとフットボール部のマッチョが付き合ったりしてるじゃん?」
「あれはアメリカの話でしょう? なんだかアメリカとごちゃまぜにしてない?」
「しかたないだろ。海外なんて小学生の頃に家族でハワイに行っただけなんだし」
「まあなんとなく伝えたい事は分かったわ。アメリカのドラマ程ではないけど確かにオランダでも明るくてモテたりクラスの雰囲気を作っていたりする人はいるし、逆にそうでない人もいる。で、なんでこのスクールカーストの話になったの?」
「ええと、ほらなんだ、和歌くらい綺麗ならもっと上のグループにも入れるだろって」
俺は普段気軽に女子に可愛いとか綺麗とか言うキャラじゃないからつい言いよどんでしまう。そんな俺に対して和歌は照れるどころか不機嫌そうな表情になる。
「上に入る? そもそも上って何よ? いじめっ子? アメリカドラマのチアリーダーみたいになって大人しい人をいじめるの? 私はそんな事しないわ!」
予想外の苛立った反応に俺はうろたえる。
「いやいや、そんな事言ってないだろ? 怒るなって。それに上位だからっていじめをするとは限らないんだからさ。単にみんなに優しい人気者になればいいじゃんか」
「そうなの? なんだか上とか下とか言ってる時点で優しそうには思えないわ。そもそもその上下って何で決めてるの? アメリカドラマみたいに外見と筋肉?」
「そうだな、外見はあるな。それに男は強いに越したことはない」
「そう? なら変じゃない? 絵美は可愛いわよ」
和歌の言う通り藤吉さんはそこそこ可愛い。
「あの趣味さえ無ければ」と残念がる男子もけっこういる。
「え、ああ、確かに。でも藤吉さんの場合は趣味がなぁ」
腐ってるからと言いかけた言葉を何とか俺は飲み込んだ。
「趣味? 趣味が関係あるの?」
「あると思うよ。例えばアニメやゲームがカーストが下がる典型例かな」
「でも今時誰でもやってるじゃない。ゲームはオランダの人気者もやってたわよ」
「ああ、確かに、ゲームって一括りにすると広すぎるな。問題はその中身だよ。特にSFやファンタジーみたいな非現実世界をテーマにしたゲームが好きな人はカーストが下になり易いと思う。その人気者も可愛いエルフのキャラクターが出るファンタジーRPGはやってなかったんじゃないか?」
「確かに、言われてみればそうね。サッカーゲームの話をしていた気がするわ」
「だろ? 趣味以外にもかっこよさ、可愛さ、面白さ、ファッションセンス、気の強さ、身体能力、好成績、部活の実績、身長、更にお金まで。これら全部を総合して決まるんだよ」
「そんなに? どうやって決めるのよ?」
「決めるというより自然と決まるんだよ。同じくらいの容姿や性格なんかを元にしてグループが出来て遅くとも入学して一学期が終わるくらいにはほとんど決まっているもんじゃないかな」
「一学期で自然に……」
そう言うと和歌は表情を曇らせて物思いにふけり始めた。
その表情を見て俺は教英先生から聞いた和歌が京都の学校で上手く行かなかったという話を思い出す。詳しい話を聞いていないから和歌がどんな問題を抱えていたか俺には分からない。でももし和歌がクラスのカーストで上位にいたならばわざわざ転校などするはずがないだろう。そう察した俺は励まそうと思って沈黙を破る。
「まあ、心配すんなって。俺達のクラスも高校からの入学生が最初は緊張していたけど、今はすっかり帝東中からの内部進学生と馴染んでるからさ。なにしろカーストのトップにいる冴上が絶対にいじめを許さない奴だから大丈夫だって。もちろん俺もな」
俺が語りかけると和歌は我に返る。
「あ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていたの……」
「もしかして、前の学校の事?」
「なんでも無いわ気にしないで。とにかく、あなたがなんで心配してくれたか分かったわ。私が綺麗でもっと上のグループと付き合えそうなのにアニメとかゲームが好きな人達と話していたから教えてくれたんでしょう?」
「まあ、そうだな。でもあんまり私は綺麗とか可愛いとか自分で言わない方がいいぞ。特に女同士でな」
わざとらしくジト目を作って和歌を弄る。
「そんなの分かってるわよ。言ったのはあなたでしょう?」
和歌も同じくジト目で見返してくる。
「へへっ、ごめんごめん」
「もう、すぐにからかうんだから。それでグループについてだけど、私はクラスの階級で人を選びたくないわ。私は友達をまず自分が好きかで選びたい。そして私も好きになってもらうためにその人を大切にしたい。今日英語のグループワークで一緒になった時、絵美は私に興味を持ってくれた。絵美と同じ趣味を持った友達がオランダにいると知ったら嬉しそうだった。そんな彼女を私が好きになったのだから、彼女のグループが上か下かなんて気にしたくない。いえ、気にしないわ!」
最初は淡々と語っていたが、藤吉さんの名が出ると徐々に和歌の言葉は熱を帯びていき、最後は決意を感じさせる口調で言い切っていた。
「そうか、なんかかっこいいな」
素直に思った事を告げる。
「かっこいい? なんだか女の子への誉め言葉じゃない気がするわね」
「いや、男も女も関係ない。自立している人はかっこいいんだよ」
「そうなのね。ありがとう……あれ? そう言えば」
誉め言葉を受けて照れ笑いを浮かべた和歌の表情が俺と目を合わせた途端に真顔に変わる。
「ん? どうした?」
「あなた、クラス中の人と会話しているわよね」
まっすぐにこちらを見つめて問いかけてくる。
「ああ、そうだな」
「なんであなたは階級に関係なくいろんな人と話せるの?」
「え? 俺? うーん、そうだな……。多分カーストの中流にいるからじゃないか」
「中流? ああ、真ん中の意味ね。それで、どうやってなったの?」
和歌の視線に真剣味が増してくる。
「どうやってって言われてもなぁ。自然になったから分かんねえよ。そりゃ人の悪口言ったり騙したりはしてないけど、そんなん当たり前だしな」
「そう……」と言う和歌の残念そうな返事を聞いた時、後追いで心当たりに気付いたので付け加える。
「そうだ、強いて言うなら冴上と仲が良いからかな」
「遼と?」
残念そうに落ちていた視線が再びこちらを見つめる。
「ああ、あいつと部活が同じでよく俺にも話しかけてくるからさ、それで上流の奴とも話す機会があるんだと思うよ」
「ふーん。遼が上のグループのきっかけなのは分かったわ。じゃあ、あんまりこの言い方をしたくないけど、下のグループのきっかけは?」
「そうだな、俺も正直この言い方は好きじゃないけど、上から下に関わる分には自由な感じなんだよ。単に俺はスポーツだけでなくゲームやアニメも幅広く好きだから共通の興味を持っている人達と階級を越えて会話できているんだよ。あ、オタクの友達にこの話のこと言うなよ。俺が彼らを下に見ているなんて思われたくないからな。あいつらも大切な友達なんだよ」
「私はあなたと違ってそんな人が嫌がる意地悪しないわよ。はぁ、でもどうしよう。私はあなたみたいに趣味が広くないしそんなに明るくもない。あんなにたくさんの人と仲良くなるなんてどうしたら良いか分からない」
「そうだな……。まず舐められないようにするなら運動部に入るのが良いかな。何かスポーツやってた?」
「バレエをやっていたわ。あとママに体操も習ってた」
「へぇ、競子さんに? プロのアスリートって聞いたけど体操選手だったの?」
「ええ、世界大会にも出ていたみたい」
「そんなに凄いんだ! じゃあ和歌もなんか凄い技できんの?」
「全然よ。基本的な事はできるけどそれだけ。ママは凄いけど教えるのが凄く下手なの。できない人の気持ちが分からないのよ」
(天才には凡才の気持ちが分からんてか、なんだかブーメラン発言してんな)と思ったが口には出さずに受け流す。和歌が短気なのはここ数日で理解したからだ。俺自身が短気だから自信を持って分かる!
「なるほどね。他の手としては、俺にとっての冴上みたいにカースト上位の奴と仲良くなるってところかな。女子で言うとやっぱり姫野さんかな」
「姫野さん? あのすっごく可愛い娘? あの娘本当に可愛いわね。まるでTVに出てくるアイドルみたい」
「実際に渋谷とか原宿に行くとよくスカウトに声かけられるらしいよ」
「そうなんだ。それで彼女はアイドルをしているの?」
「いや、だいたい街頭でのスカウトってグラビアとか結局ナンパだったりするのがほとんどなんだって。家が厳しいのもあって断ってるらしいよ」
「グラビア?」
「あれ? 英語じゃないのか? これみたいな写真だよ」
俺は鞄の中に隠し持っていた今週のヤングジャンクを出して見せる。
「ああ、Pin-upね。やっぱり日本でも女の子は可愛い方が人気になるのね。分かったわ。でも……」
「でも?」
「私思うの、姫野さんがカーストの上位にいるから仲良くなりたいっていう考えは姫野さんに失礼じゃない? だってそれだと姫野さんに興味があるんじゃなくて、姫野さんを使って自分の立場を良くしたいだけみたいじゃない? そんなの彼女に悪いわ。仲良くなるからには彼女の趣味とか考えを知って、彼女自身に興味を持ってから好きになりたい。それこそ自然だと思うの」
和歌の語り口は淡々として落ち着いたものだった。だがその瞳から何か優しさを伴った力強さを感じたような気がした俺は、その言葉に感動して瞳に惹き込まれた。
「和歌……」
和歌の言葉に感動したあまり、今度は俺が和歌を真顔で見つめてしまった。
「な、何よ。真剣な顔して」
「あ、ごめん。感動してたんだ。普通なら転校したばっかりの時って自分が良い居場所を確保するために自分を中心に考えると思うんだ。でも和歌は違う! まず相手を知って興味を持とうとしている!」
教英先生に頼まれていたから、または京都の学校で上手く行かなかったという話を式部先生から聞いたから、今まではそれらの理由から同情を感じて和歌を手伝おうと俺は思っていた。しかし、和歌の人付き合いに対する価値観を知って、大人達に頼まれた責任感から和歌を手伝おうとする気持ちは今やどこかに消え去った。
そして和歌なら帝東で良い友達が作れるだろうと俺が自ら確信し、その期待感から手伝いたいと今の俺は思っていた。感動して気分が高揚した俺は話し続けるにつれて感動が言葉に乗って止まらなくなる。
「マジでお前すごいよ! 普通なら俺らの歳でここまで他人の事を考えて関わろうとできる奴いないよ! お前なら絶対に帝東でたくさん友達ができる! 京都で何があったか知らないけど気にすんな。俺が手伝う! 顔だけなら広いから任せな!」
「英紀? 待って待って落ち着いて! 私そんなにすごい事を言った?」
「ごめん。つい興奮して。でも本当にすごいと思うよ。自信を持っていい」
俺は興奮を落ちつけて答えた。
「そうなのね。ありがとう。ところで京都の学校の事はパパから聞いたの?」
「少しな。転校の原因という事は知っているけど具体的に何があったかは知らない」
「そう、分かったわ。お願いだからその話は私にもパパにも聞かないで、必要な時が来たら私から話すから」
「ああ、そのつもりだよ。知る必要が無くなったからな」
俺はあえて表情を殺して興味無さげに言ってみると。
「え? どうして?」
つられた和歌が豹変した俺の態度に不安そうな顔になって問い返してくる。
「知って和歌を可哀想な人だと思いたくないからだよ。可哀想だから手伝うのと、面白そうだから手伝うのでは全然違うだろ? 俺は前向きな気持ちで和歌を手伝いたい。だから俺からは知ろうとしない。な? 良い理由だろ?」
そう言って俺は親指を立ててニッと笑って見せた。
「もう! こんな話題で人をからかわないで! でも……Vielen Dank. Ich bin froh, dass Du mir hilfst.(独:ありがとう、手伝ってくれて嬉しい。)」
和歌は一瞬怒った表情を見せたが、その後微笑んで何かを話した。外国語の意味を俺が問うと、和歌はちょうどあと数メートルまで近づいていた自宅の門まで駆けだして振り返った。
そして。
「あなたの悪口を言ったのよ」
悪口を言ったとの言葉とは裏腹に嬉しそうにはにかんだ笑顔を向けた。振り向きざまにさらりと流れるロングストレートの黒髪が夕日に映える。嬉し涙で潤んだのだろうか、夕日に煌めいて見えた瞳を見て不覚にも俺は思ってしまった。
(やばい……可愛いかもしれない……!)
照れ臭さを感じたのは同じだったのだろうか、和歌は俺のリアクションを待たずに自宅に帰っていった。
※4 ヨーロッパのオタクの間ではBLとか腐女子と言った呼称よりもジャンルと愛好者を両方まとめてやおいと呼称する方が一般的です。
(と言っても著者がよくヨーロッパに行っていた10年前くらいのこと。今は変わっているかもしれません)
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