Chapter12・カーストトップもお悩みだ(♂編)

高一 9月 火曜日 5限 体育


 昼休みを挟んで5限は体育だ。まだまだ猛暑が続いているという事もあり、今日は体育館で男女に分かれてバスケをしている。一試合を終えてから、他チーム同士の試合を見ながら休憩していると、同じく試合待ちの冴上が話しかけてきた。


「なあルーさん。さっき英語の授業中に姫野と何を話してたんだ?」


「ん? ああ、俺が和歌と付き合ってんのかとか、好きなのかとかそんな話だよ。ほんと女って他人の恋愛話は大好きだよな。で、なんで?」


「いや、珍しい組み合わせだったからさ。気になったんだ。で、ルーさんは和歌さんどうなの?」


「って、お前もそれ聞くのか」


 なんで男女のカースト上位者が揃って俺みたいなどこにも属さない浮遊層とカースト未所属の和歌の関係が気になるのか心底疑問でならなかった。


 話題の和歌を見てみると、クラスの腐女子グループと一緒に俺達と同じように会話して出番待ちをしているようだった。そう言えば今日は昼休みも腐女子と一緒に食事を摂っていたな。エルフのコスプレをする友達がいるくらいだし、オタクだったのか?


 俺と一緒に和歌を視線で追って冴上が答える。


「普通に気になるだろ。初日にあれだけキレさせて起きながら、翌週には仲良く一緒に登校して名前で呼び合ってんだからさ」


「昨日の朝に話した通りだよ。親同士が旧知の仲だったから都合よく謝る事ができただけだって。何? そんなに気になるって冴上こそ和歌が好きなの?」


「俺が? そうだな、確かに可愛いと思うけど俺こそまだ会ったばっかりだし分からんよ」


「だろ? 俺も同じだよ。俺はさ、家で毎日姉ちゃんの毒舌に心を蝕まれてるからさ。もっと俺を慕って認めてくれる彼女が欲しいんだよ。和歌ってそういうタイプじゃないだろ?」


「ああ、なるほどね。気が強い娘は苦手ってことか。それに家で毎日治佳さんみたいな人を見てたらそりゃ美人に免疫付くわな」


「それな。でも客観的に治姉の容姿が整っているのは分かるんだけどさ、その『姉』って属性が加わるだけで何も感じなくなるんだよ。人に見えても女には見えないんだ」


「でも治佳さんのブラには興味あったんだろ?」


 冴上がいたずらっぽく笑いながら弄ってくる。


「やめろ、その話は」


 嫌な話をされてむくれる俺。小3の頃に小6の治姉が初めて買ったブラと母親のブラがベランダで干されていたので興味本位で見比べていたところを治姉に見つかったという話だ。もともと俺に対してねちっこかった治姉だったがこれ以来ゴキブリポイポイ並みに粘度が激増した。


 治姉にとっても余所行きよそいきではない恥ずかしい話題なはずなのに、去年サッカー部員達が俺の家に遊びに来た時に、

「やっべぇ! 米沢の姉ちゃんめっちゃ美人だ!」とか

「美人なだけじゃなくて知性も感じる。女子アナみたい!」とか

「高校生大人っぽい! 憧れる!」とか言っておだてらたものだから治姉は調子に乗って、

「みんなこの変態弟と仲良くしてくれてありがとうね!」なんて言ってこの黒歴史を披露しやがった。


 治姉が大学に入って生活サイクルが変わったことで、家に来たがる野郎どもが減ってやっとこの記憶を脳内ストレージの奥深くにしまえそうだったってのに。


「お、ごめんごめん。でも俺兄弟いないからそういうの羨ましくてさ」


「え? 欲しい? あげようか? お前の事を『あの長身の子可愛いね。モテるでしょ?』って言ってたしきっと喜ぶよ」


「え、あぁ。うん、でも治佳さんくらい才色兼備ならずっといい人いるだろ」


「そこは遠慮すんのな。治姉の猛毒には耐えられそうにないか?」


「いや、ごめん。そういう意味じゃないんだ」


 そう言うと冴上は視線を女子側のコートに移した。


(あぁ、そういう事ね。)


 視線を追っても女子側のコートには距離があって誰かは分からない。まあすでに意中の人はいるって事か。誰が気になっているのか確認したいところではあったが俺と冴上のチームの番が回ってきたのでこの会話もお開きだ。こういった話は修学旅行の夜のお楽しみ恋バナに取っておけばいい。


 俺と冴上は敵味方に分かれてバスケの試合に望む。試合が始まってみればほぼ一貫して冴上の独壇場で、バスケ部員ですらできるか疑うロングシュートを決めると隣の女子コートから黄色い声が上がる。


(いや、こんなにできる奴が何を迷ってんだよ。どの女でもお前なら好きに選べんだろうが!)


 冴上のマークに付きながらそんなことを考えていた俺はふと別の思考を巡らせる。


(やっぱ和歌も冴上みたいのがいいのかな?)


 そんな考えがよぎって女子側のコートに目を向けてしまったその時。


「ルーさん!」


 インターセプトに成功したバスケ部の味方が俺にキラーパスを回してきた。よそ見からの振り向きざまにパスを鼻で受けた俺はド派手にコートに転げまわる。起き上がると鼻腔から生臭い香りがすると共に口内に生暖かい鉄分を感じさせる風味が広がった。ずいぶんと派手に流血したらしく鼻を伝って落ちた鮮血がぽたぽたと滴って自分の体操着や体育館の床に滴っていた。


 体育の先生やパスを出したバスケ部員が俺の元にやって来る。


「ごめん。ルーさんなら運動得意だし取れると思ったから本気でパスしちまった」と申し訳なさそうなバスケ部員。


「米沢、大丈夫か? おい、冴上。保健室に連れて行ってやってくれるか?」と冷静に怪我人を退場させようとする先生。


 冴上も「はい!」と即答して応じるが、何故か俺は素直になれず。


「大丈夫です。独りで行けます。ていうか先生! 俺! バスケがしたいです!」と国民的バスケマンガの台詞でおどけてごまかすと、そのバスケマンガ世代の先生や元ネタが分かる生徒には冗談だと理解できたようで緊張を解いて笑い出す。冗談を言う余裕があるなら大丈夫だろうと察してくれた先生は独りで保健室に行くよう指示してくれたので俺は一人で体育館を後にした。


 試合が再開されたのか、立ち去る背に冴上に向けたものであろう女子達の黄色い歓声が聞こえるとまた負傷する寸前の思考がよみがえった。


(和歌も冴上みたいのがいいのかな?)


 結局その雑念は6限に教室に戻るまで晴れることはなかった。

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