Chapter11・カーストトップもお悩みだ(♀編)
高一 9月 火曜日 4限 英語
現国、数学、歴史と比較的得意な科目の授業が終わると鬱な英語の時間がやってきた。今日も昨日と同じコミュニケーション英語の授業だ。昨日はま行の和歌で終わったから今日は俺も指名されるだろう。
鬱である事には変わりないのであるが、昨日和歌がフランス語マウントに返し技を決めた直後に朗読させられるよりはまだマシだ。あの後に読まされていたら絶対に教室中にヒソヒソクスクスと忍び笑いが蔓延したに違いない。先生をテンパらせて授業進行をグダグダにしてくれた和歌様に感謝しないと。
そんな考えを巡らせていると緊張した表情の荒竹先生が教室に入ってきた。そして始業の礼が終わると……。
「えー、まずはみんなに昨日の無礼をお詫びしたい。英語の授業なのに全く関係のないフランス語を話して申し訳ありませんでした」
そう話してクラス全体に向けて教壇から頭を下げた。プライドが高い語学マウンターだとばかり思っていた先生の意外な行動に教室が静まり返る中、先生はこちらを向いて尚も続ける。
「Ms. Mazuru. Pardon my French.※3 To be honest, I was envious of your fluency and pronunciation.(真鶴さん、私のフランス語を許してください。 正直なところ、私はあなたの発音と流暢さに嫉妬していました。)」
先生が英語で何か言うと姫野さんの様な特に英語の成績が良い数名だけが笑い出す。先生がこっち側を見ていたので俺は一瞬俺が英語でバカにされているのかと思って身構えるが、それは俺の思春期の自意識過剰だったようで、隣の和歌が話し出す。
「 Mr. Aratake. It wasn't dirty French so I don't mind it at all. Honestly, I think your pronunciation is good as well, and it seems like you have an ironic sense of humor like real westerners. In my view, you're a good teacher. (荒竹先生、汚いフランス語じゃありませんでしたし全然気にしていませんよ。先生の発音も良いですし、本物の欧米人みたいな皮肉なジョークのセンスもお持ちですね。私は良い先生だと思いますよ。)」
和歌も笑いながら諭すような表情で応じていたのでジョークを交えて和歌個人にも謝ったってところか。謝罪を終えると先生は俺への配慮からか日本語に切り替えてまた話し出す。
「真鶴さんはオランダに住んでいたという事でイギリス英語の影響を受けた発音をしています。先生が影響を受けている北米英語とは異なるが共に正しい英語です。先生はみんなに生きた英語に触れて欲しいと考えているから真鶴さんには授業毎にグループワークのグループを移って欲しいと思うんだがどうだろうか? 真鶴さん?」
クラスに居場所を作る良い機会と考えたのだろうか。
「分かりました」と和歌は応じ、早速この授業から俺とは別のグループに入って席を合わせ、グループワークに取り掛かった。
***
グループワーク中、たまに和歌の様子を横目に伺っていると。
「米沢、あんた真鶴さんと付き合ってんの?」
隣のグループで俺と背中合わせにグループワークをしていた姫野さんがシャーペンで俺の背中をつついて話しかけてきた。普段は冴上と一緒にいる時くらいしか俺と会話なんてしないのに珍しい。俺は抱き合わせ商法で売られたゲームソフトやプラモデルの要らない方みたいなもんだからな。
「いや、んなわけないでしょ。まだ先週末に会ったばっかりなんだし」
(他人の色恋沙汰は女にとっちゃ蜜の味か)と納得して至極当然とばかりに返す。
「ふーん、じゃあ好きなの?」
姫野さんも当たり前の事を確認するような雰囲気で返してくる。
「なんでだよ。俺はもっと慕ってくれそうで可愛い子がタイプなんだよ」
「あぁ、そうね。あんた
さして興味も無さそうに返す姫野さん。後にリーマンショックと呼ばれるようになったサラリーマン黒歴史の後に、告白を撤回した愛美ちゃんの名前を出されて俺はうろたえる。幸運な事に今年はクラスが違うからあんまり意識せずにいられたってのに。
「うっ、それ言うか。誰のおかげで振られたと思ってんだよ」
古傷をえぐらた俺はついつい言葉を拾って返してしまった。だってご破談にされた張本人に言われたんだ。俺の短気脳が冷静に処理できるわけがない。
「は? 自分で墓穴を掘っておいて何言ってんの? ビジネスマンって言えば良かったんじゃない」
「ぐっ」短気を起こして思考せずに選んだ言葉ではいとも簡単に論破されてしまう。
「だいたいその言い方だとあたしが愛美にあんたを振るように仕向けたみたいじゃない。あたしは愛美に相談されたのよ。『米沢君と付き合うのどう思う? もしかして微妙かな?』って。あんた知ってる? 女の子が相談する時って解決策を求めているんじゃないの。今の自分の感情に共感を求めているのよ。私はあの娘があんたと付き合うのを微妙と思った気持ちを後押ししただけよ」
「ええぇ!」
つい大声でリアクションしてしまい、他のグループを見てまわっていた荒竹先生から注意されてしまう。先生に謝ってからなおも小声で話す姫野さんの声に耳を傾ける。
「あの娘はあんたが明るくて面白いから告白したんだって言ってたわ。あたしもあんたは面白いと思うけど、あんたの面白さの一部になるのは御免だわ。だから『リーマンに告るって響きがウケるね』って言ったのよ。それでもともと振る方に傾いていたあの娘の気持ちが固まっただけ。あんたがリーマンショックをやらかした時点でもう結果は決まってたのよ」
「マジか……」
当時の俺は告白を受けて内心では舞い上がっていたのに、中二病を発症して「少し時間をくれないか」なんて言って先延ばしにして悦に入っていた。それが後で振られただけでも自分の痛さを自覚して後悔していたのに……。姫野さんが絡まずとも振られるのは決まっていたって事は全部自分のせいじゃないか。
やばい、知らない方が幸せだった。
「まったく、こんな話したくて声かけたんじゃないのに。でもまだ愛美の事を引きずっているなら本当に真鶴さんとは付き合ってないみたいね」
姫野さんはうなだれる俺を見て合点がいったようだ。
「ああ、そうだよ。たまたま親同士の付き合いがあって、和歌のお父さんから面倒を見るよう頼まれただけだよ」
「ふーん、じゃあ尚更付き合いなさいよ。親公認なんでしょ? 失恋も忘れられるし、あの娘もかわいいんだし良いじゃない?」
「いや、そこはまず当事者同士の意思が先だろ? 親同士が仲良いからっていきなり付き合わねえだろ普通は。てか妙に俺と和歌をくっつけたがるな? なんで?」
「それは……。別に良いじゃない。あんたたちが仲良さそうだから手伝ってあげるってのよ。あ! 荒竹がこっち見てる。また注意されるわよ」
俺の切り返しにそこはかとなく苛立ちの表情を見せた姫野さんは荒竹先生を口実にして会話を閉めた。直後に二度目の注意を受けた俺は授業終盤の朗読で二段落分を読む羽目になったのであった。
グループワークを終えると机を元の配置に戻すために和歌が隣に戻って来た。今日のワークがどうだったか興味はあったが、早速自分の公開処刑が始まったのでそんな余裕は無い。先程の注意によってカタカナで読み仮名を振って準備していた範囲を越えて朗読したため、途中からたどたどしさが倍増したのだが、いつもの荒竹先生の発音指導は無く、むしろ読み終えた俺を拍手で労った。最後に先生は和歌を指名すると、イギリス英語寄りの発音だから注意して聞いて欲しいと言って朗読を依頼する。
隣で和歌がお手本朗読をしているの聞いている傍ら、ふと俺はこちらを苛立った表情で見ていた姫野さんと目が合う。姫野さんは少し驚いた表情をするとすぐに机の教科書に視線を移していた。
(やれやれ、最近話す女は気が強い奴ばっかだな)
さっきの姫野さんとの会話を思い出し、そんな物思いにふけっている内に昼休みを告げるチャイムが鳴るのだった。
※3Pardon my French.
直訳:私のフランス語を許して
慣用句としての意味:汚い言葉を使ってごめんなさい
歴史において長くライバル関係にあったフランスを皮肉ってフランス語=下品として表現した慣用句です。
荒竹先生はあえて直訳の意味でこの言葉を使ったので、和歌は二重の意味でこの言葉を捉えて、結果として荒竹先生を皮肉なユーモアセンスがあると評価したのでした。
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