1 ホームページがありきたり
「だめだ!これじゃ」
「社長。恐れ入りますが、どこに問題が」
「だって。ありきたりすぎるだろう」
新しくした夏山愛生堂のホームページを見た慎也社長は、担当の総務部長に雷を落とした。
「具体的にどういう点ですか?」
汗ふく権藤。慎也はだめだ!と首を横に振った。
「他の会社は、会社の歌を歌ったり、社員がみんなで踊ったりするのが有るじゃないか。俺が言っているのはそういうやつだよ」
「ですが、社長。わが社は卸売りですので、一般の消費者には周知の必要が無いかと」
権藤の正論。慎也はイライラした。
「そう言う古い考えがダメなんだよ?!優秀な社員を集めるには、もっと会社をアピールしてさ。わが社は人々の命を守る医薬品を扱い社会に深く貢献している会社なんだ。だから頑張っている社員のためにも俺はそこをもっと……え?」
汗を拭いていたはずの権藤は、今度は目の周りを拭っていた。
「そこまで夏山の事を……亡くなられたお父様がお聞きになったら、さぞお喜びに」
目に涙を浮かべた総務部長に慎也はハンカチをかそうとしたが、鼻水がすごいのでテッシュにした。
「とにかく。もっと工夫を凝らしてもらいたいんだ」
「わかりました。ですが新しくしたばかりですので、限りある予算も無駄にしたくありません。これは各部署から斬新な案を募ろうかと思いますが、いかがでしょうか?」
「そうだな。また業者任せじゃ、同じなってしまうから。これは、君に任せるよ」
◇◇◇
「で。俺に何か案を出せと」
うんと会議室にいた中央第一の石原と、中央第二の渡は姫野にうなづいた。
「百歩譲って石原部長は良いとして、なぜ中央第二の分も俺が考えないといけないのですか」
二人並んだ膨れっ面。全く解せない姫野は渡に腕を組んで応戦した。
「ああ。社長からのこういう要望は面倒なので、合同で考える事にしたんだよ」
悪びれる様子も無く、渡は真面目な顔で言い放った。
「だったら。今回は中央第二の社員にでも」
「無理だな。お前が思っているよりも、我々には無理なんだよ」
寂しそうに渡は缶コーヒーを飲んだ。
「姫野。渡はな。こう見えても自分という人間をよくわかっている男だ」
「ですが。いつもいつも俺ばかりに考えさせて、自分達は何もしないのはあんまりですよ」
この間も。ポケットのスマホの着信音が鳴る姫野はそう迫った。この着信音。多忙をアピールするためにタイマーセットをしていた姫野の狡猾な策であったが、素直な二人の部長は慌てて話を切り上げた。
「……わかった!決まったら俺たちも必ず手伝う!な、渡」
姫野は黒い微笑みを抑えてうなずいた。
「約束ですよ?じゃ、俺はこれで」
こうして卑怯な姫野は中央第一へ戻ってきた。
「あ。帰って来た。先輩、行きましょう」
今度は車に飛び乗った姫野は、風間と得意先のクリニックへ向かった。
「そうですか。今度はホームページか」
姫野の話を聞いた風間は、首をひねった。
「他の会社の真似は嫌だって事は、誰も考えつかない事をやる以外ないですよね」
「そうなると、非常識な物になると思わないか」
「うーん……」
この悩みを抱きつつ。仕事を終えて、二人は直帰した。
◇◇◇
爽やかな夏の朝。中央第一営業所に彼女がやってきた。
「おはようございます。清掃します」
今朝も元気良く彼女は掃除を始めた。モップを振るう彼女は今朝も楽しそうだった。
「小花。手を止めずに頭だけ貸して欲しいんだ」
「頭だけ?ってどうするんですか」
「おっとすまない?知恵を貸して欲しいと言うことさ」
姫野は一緒に手伝おうとゴミ箱のゴミを集め出した。
「実はうちの社長がな。ホームページがありきたりと言い出して。新たな案を出せというのだ」
「案といいますと?」
彼女は普段石原が座っている椅子を避け、丁寧に床のモップを掛けた。姫野は手伝うために他の障害物を避けた。
「流行りの物だろう?社員で踊ったりするとか、そういうのだ」
「ウフフ。では、姫野さんが踊ればいいじゃないですか?」
珍しく意地悪をいう彼女に、姫野は眉をひそめた。
「お前は俺の困った様子をみて、笑おうとしていないか?」
「フフフ。姫野さんのダンス……ふふふ」
背中を向けてクスクス笑う彼女が急に愛しくなった彼は、彼女の背後からその細い両腕を掴んだ。
「こら!ふざけるんじゃない」
「だって。姫野さんがダンスを踊るなんて」
自分の顔の下の彼女は、そう無邪気に微笑みながら彼を見上げていた。
「おはようございます。って顔が近すぎですよー」
風間の声に姫野がぱっと手を解くと、小花は楽しそうに顔を向けた。
「おはようございます。風間さん」
「全く。朝から何なんですか。いちゃいちゃしてさ」
姫野を見てぶつぶつ話す風間。そう怒るなと姫野は椅子に座った。
「小花がホームページの件で。俺達が踊ればいいというので、つい」
「あ!それ俺の親父も言っていました」
風間は父親の案を話した。
「え?『二人の部長にソーラン節を踊らせる』?」
「はい。なんかあの二人、上手なんだって。親父は言ってました」
「ソーラン節か……」
すると小花は、窓を拭きながら姫野に聞いた。
「それは『よさこいソーラン』ですか」
「おはようさん!ん?俺を待っていたのか?」
ポケットに手を入れながら入ってきた石原に、姫野は微笑んだ。
「待っていましたよ、俺達の部長を!」
「部長だ!万歳!」
風間の掛け声。石原は嬉しそうに上着を脱いだ。
「出たなお前達の悪魔の微笑み……。言っておくが俺は、騙されるぞ?」
そう言って嬉しそうに石原は自分の椅子に座った。
「実はホームページの件ですが、石原部長のソーラン節はどうかと」
「俺の?」
「そうです。あの男のソーラン節です。彼女も見たいと言っていますよ。なあ?」
「はい、ぜひ!」
「でもな……受けるかな……」
笑いを取りに行こうとしている石原。姫野と風間は笑うのをこらえた。ここに彼女がやってきた。
「おはようございます。外まで声が聞こえましたよ、今度はソーラン節ですか」
挨拶しながら入ってきた事務員の松田女史は、机の上に自分のバックを置いた。姫野は説明した。
「ホームページに渡部長と石原部長のソーラン節がいいんじゃないかと、みんなで話をしていた所です」
パソコンを起動させた松田はうざそうに髪を耳に掛けた。
「良いですね!それにしましょう!決まり、決まり!あ、姫野係長?昨日の納品のデータの件はこちらです」
「ありがとうございます」
「風間君。昨日言っていた医薬品のリーフレット、中央第二からもらってきたから、これね?」
「助かります!」
淡々と業務をこなす松田女史。彼女から仕事を受け取った姫野と風間は、一日の仕事をスタートさせた。
この後。姫野はホームページの企画書を出すよりも実際に動画を取った方が手っ取り早いと考え、渡と石原に、夏山愛生堂の各部署内で、ソーラン節を踊らせる事にした。動画撮影は中央第二のセールスマンに任せ、撮った動画は自分が修正する約束をした。
そんな週末。姫野と風間は仕事が早く終り、帰ろうとしていた。駐車場を歩いていると彼女を発見した。
「お疲れ様です」
「小花も今帰りか?送って行くか」
「先輩!俺が送りますって」
「大丈夫ですよ。早い時間ですもの……あれ?」
その時、道路の向こうからバイクの爆音が聞こえて来た。そのバイクは、三人の横に停車した。エンジンを掛けたままのライダー。長い足でバイクにまたがったまま、ヘルメットのカールを上げた。
「おい!お前、小花だよな?」
「京極君?どうしたのですか」
エンジン音がうるさいので、彼女は叫んだ。
「いいから早く乗れ!始まったんだよ」
「ええ?もうですか?」
「早く!ほら!」
そういって彼は彼女にヘルメットを渡した。
「……小花、どこに行くんだ」
驚く姫野。小花は自分の彼にバックを持たせ、ヘルメットをよいしょ、と被った。
「姫野さん。バイクに乗るのを手伝って下さい!」
「これに?だってお前はスカートじゃないか?」
話も聞かず、彼女はバイクのステップに足を掛け始めた。
「お、おい?ちょっと待て!風間、バックを持て!」
小花のバックを風間に渡した姫野は、彼女の長いスカートを整えてやり、バックを小花の肩に斜め掛けしてやった。彼女は京極にしっかりと抱きついていた。
「先生、悪いけど。小花を借りるから!」
そういってヘルメットのカールを戻した京極は、爆走して行ってしまった。
「なんなんですか?あいつ」
「小花の同級生だ」
バイクの音が消えた駐車所に夜風が吹いた。
二人は大きく溜息を付くと、それぞれ家路に着いた。
その夜。小花の事が気になった姫野だったが、京極は妻帯者。何か特別な課外授業があるのかもしれないと、色々と理由を考えてこの日は床に着いた。
しかし。翌休日の朝10時。やはり気になったので、思い切って彼女の家の庭の手入れを申し出る口実で、電話を掛けた。
『もしもし。あ。先生かよ』
「なぜ君がこの電話に……」
小花の電話に出た京極に、姫野は血に気が引く思いがした。
『ちょうど良かった!小花のやつ、疲れて寝落ちしまってさ。悪いけど、迎えに来てくれないかな』
「場所は?」
『天使病院東病棟の5階』
「行く」
車に飛び乗った姫野は、交差点をドリフト気味で曲がり、彼女の待つ病院へ急いだ。
「へえ?本当にすぐ来た」
廊下にいた京極の感心した顔に、むっと来た姫野だったが、長椅子で寝ている彼女にホッとした。
「一体何が合ったんだ」
「俺の奥さん。お産が始まったんだけど。陣痛が弱くて長引いて、今さっき分娩室に入った所なんすよ」
「お産でしたか……」
力が抜けた姫野は、すやすやと寝ている小花の頭の方に座った。
「俺の嫁さんさ。結婚に反対されて、子供が生まれるのに誰も来ないんだよ。俺の家族はいるけどさ。まだ来れないし。俺達三人は今の学校で仲良かったからさ。小花はどうしても立ち合いたいっていってくれてさ」
「そうでしたか」
「でも。小花の奴、お産の前に疲れて伸びちまったんだ」
その時、分娩室の電気が消えた。
「付き添いの方、中へどうぞ!」
おぎゃあおぎゃと赤ちゃんの泣き声が聞こえて来た。
「う、生まれたんですか?」
「お父さんですか。さあ、どうぞ、他の方も」
「京極君。行きなさい。小花?ほら、生まれたぞ」
姫野は彼を先に行かせると、彼女を抱き起した。
「……どうして姫野さんがここに?」
目をこすっている彼女を、姫野は腰を持って立たせた。
「いいから。生まれたぞ」
「ええ?行きます。あの、姫野さんも来て」
寝ぼけてよろよろしている彼女を支えながら、姫野も中へ入った。
そこには、出産を終え横になっている妻の横に立ち、赤ん坊をそっと抱いている京極がいた。
「……由香里、お疲れさん」
「う、うう」
「由香里さん!おめでとう……うう」
小花もベッドに駆け寄った。
この三人の感動の様子を、せっかくなので記念にしようと、部屋の奥から姫野はスマホで撮影をしてやった。
その時、部屋に中年女性が入ってきた。
「由香里……もう生まれたの?」
「……まさか、来てくれたの」
京極と小花に一礼した女性は、由香里の元に進んだので小花は遠慮して姫野の脇に来た。
「娘のお産ですもの。当たり前でしょう」
女性はそういって彼女の前髪を撫でた。
「お母さん……反対していたくせに」
「バカね……あんな喧嘩腰で結婚の挨拶をしに来るから。私達だって引っ込みつかなくなったのよ」
「ご、ごめんな、さい……」
「……そんなに泣いたらダメでしょう。あなたはもう人の子の親なんだから。しっかりしなさい」
彼女はそういって娘の頭を優しく撫でた。
「それと。優太君。連絡ありがとうね」
妻の母親は優太に背を向けたまま冷たく言い放った。
「はい。由香里と子供は、俺が責任持って守りますから」
「今度落ち着いたら孫の顔を見せに来て頂戴。うちの主人が、男の子か女の子か分からないから黄色い服ばかり買って、私も困っているから」
きつい言い方の義母。しかし京極は優しい声で彼女を見た。
「わかりました。あの、お母さんも、抱っこして下さい」
「……いいの?」
彼の言葉に彼女は振り向いた。
「良いに決まっているじゃないですか」
「私は貴方に……あんなにひどい事を言ったのに……」
結婚の挨拶時。彼を罵倒した由香里の母。もう合わないと言った彼の優しさ。涙を流す妻の母に、京極は笑顔を見せた。
「そんな事より。さあ。早く」
京極は、妻の母に、孫を優しく抱かせた。
「良く寝ていること……二重瞼で鼻が小さいわ」
孫を優しい眼差しで愛でる母に、由香里が応えた。
「鈴音っていうの。女の子だよ」
「鈴音ちゃんか。キラキラネームじゃないのね、あなた?」
妻の母は嬉しそうに赤ん坊をあやしていた。
「すいません。検査の時間です」
妻の母はそっと看護師に赤ん坊を返した。こうして由香里を残して、全員が部屋を出た。
部屋の外。京極は妻の母に、小花を同級生、姫野をその家庭教師と紹介した。
妻の母は、また明日来ると言い、興奮しながら帰って行った。
「あーあ。疲れた」
そんな京極に小花と姫野は拍手をした。
「立派だったぞ。君は」
「そ。そうかな?」
「そうですよ!カッコ良かったですわ」
「ありがとう!」
「そうだった?実は」
姫野は記念の為に動画を撮影していたと告げた。
「せっかくだからデータにして渡すよ」
「さすが気が利くな!嬉しっす」
こうして姫野は小花を連れて、病院をでた。
気が付くと姫野のシャツは横に立っていた小花が勝手に拭った涙で濡れていた。
「……すみませんでした」
「まあ、いいさ。ところであの赤ちゃんの名前って。お前に関係あるのか」
「お恥ずかしいですけれど、お二人から名前に『すず』っと付けたいと言われまして」
「そうか……ん、小花?」
シートベルトを装着した助手席。走り出した途端、安心して眠る彼女に微笑んだ彼は、軽くドライブをした。そして目覚めた彼女とラーメンを食べ、家まで送ると、彼は自宅に帰り、さっそく動画を編集した。
気持ちが高ぶっていた事もあり、感動的な映像な仕上がりに気を良くした彼は、手元にあった石原と渡のソーラン節の映像も編集した。
こうして迎えた月曜日。会議室では総務部長と社長がホームページの案を見比べていた。
「といいましても、社長。期日まで提出したのは中央第一と第二の合同チームと帯広だけですね」
「帯広のはどういうものだ」
「これによると、ひたすら北海道の雄大な景色ですね」
「ありきたりだな……中央のは?」
「姫野係長のですので、まともかと思いますよ。観てみましょう」
「……これは」
数分後。姫野は会議室に呼ばれた。
「姫野。これは一体どういう事だ」
「やはり、おふざけが過ぎましたか?」
「ふざけてなどいない!」
慎也の目には涙が溢れていた。
「子供の誕生。娘の母の確執。……結婚に反対した妻の母を許す金髪の若い夫……。俺は今、俺は猛烈に感動している……」
あ。間違えた。と姫野は今、気が付いた。
「ですが。その。赤ん坊って、ありきたりじゃないですか?」
「ありきたりがいい……ありきたりの幸せが一番だ、なあ?」
「はい!社長」
総務部長のOKもあり、この映像がホームページに載る事になってしまった。
妻の母の顔は横顔だし、京極夫婦の了解も得て夏山愛生堂のホームページに使用されることになった。
「わあ?何度見ても可愛いですわ」
みんなで中央第一営業所のパソコンでホームページを見ていた。
「くそ。俺のソーラン節はどこに行ったんだよ」
「大丈夫ですよ。ほら。ここです、夏山愛生堂の社員の様子ってところです」
小さなハートのマークを姫野がクリックすると、石原と渡のソーラン節の映像になった。
「そうだ!俺、この事を得意先の先生に教えたら、すぐ観たみたようで面白いからぜひ入院患者の前で、やって欲しいって言われました」
「風間、それ早く言えよ。渡と打ち合わせしてくるわ」
嬉しそうな石原。風間はやったと姫野と松田にウィンクした。
「今日もめでたし、めでたしね……」
松田女史はそっと閉めた窓には、賑やかな仲間の笑顔が映っていた。
fin
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