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「先程仰ったよくない噂というのは、昔この周辺に村があった事と関係がおありですか?」

「その事もご存知でしたか。仰るとおりです。ずっと昔、川の近くにあった小さな村では、川が氾濫する度に人柱を立てていた。祖父からその話を聞いたのは小学生の頃でしたが、子どもながらに衝撃を受けたものです。わざわざ危険で不便な場所ではなく、もっと別の場所に住めばいいのにとも思いましたが、迫害を受けたり、災害や飢饉で住む場所がなくなった人が多く集まっていたそうで、当時の人たちがあの場所を選んだのもきっと考えての事だったんでしょうね。親を失った子どもたちも少なからずいたようですが、大人でも厳しい環境。子どもからしたら更に過酷だった事でしょう」


館越さんのお祖父さんが移り住んだ頃には、もうほとんど元の村の形はなくなっていて、住人の大半はいなくなっていたらしい。

それでもまだ身寄りのない子どもたちが何人か身を寄せ合うようにして暮らしていて、お祖父さんは時折様子を見に行っては食事を差し入れたりしていたそうだ。


「先程もお伝えしたように祖父は良くも悪くもお人好しな性分で、子どもも好きでしたから放っておけなかったのでしょう」


しかし残念ながらその子どもたちは皆長くは生きられなかった。

元あった村は消え、住人は誰もいなくなった。

子どもたちの死を悼んだお祖父さんが、少しでも何か出来る事はないかと考えた結果、彼らの暮らした場所が、暗い思い出ばかりに埋め尽くされないようにと花を植え始めたという。


藪の中を進んだ先で見たあの花畑。

生い茂る木々の間、そこだけ明るい光が差して、一瞬別の空間にいるかのようだった。

どうして誰も来ないような場所に、なんて思っていたけれど、始めた切っ掛けが弔いの気持ちだったと考えるとあの場所に作ったのも頷ける。


「実は、うちに座敷童子が出ると言われようになったのは、祖父のそういった行いのおかげではないかと私は密かに思っているんです。ですが父は祖父とは対照的に全くの現実主義者で……。自分の目で見たものしか信じないような人でしたから、もしかしてそういうところに居心地の悪さを感じるようになって、座敷童子たちが姿を見せなくなってしまったのではないかと時々考えてしまいます」

「改装工事もお父様が?」

「はい。恐らく、ずっと前から考えていたのでしょう。父が祖父の後を継いだ頃、私は県外の大学へ進学していました。いずれ旅館を継ぐつもりではいましたが、当時はまだその覚悟がなかったもので、卒業後もそちらで就職をして家を離れていた時期があるのですが、その間にほぼ父の独断で工事の話が進められていたようです。ふと見た旅館のホームページに改装工事のお知らせ、なんて文字を見た時は驚きましたよ」


自分の家でもある場所が、知らない間に改装工事なんてされていたら、そりゃあ驚くだろう。

けれど、館越さんのお父さんは完成した姿を見る前に事故で亡くなってしまったそうだ。


「古い建物でしたから、改装自体は賛成でした。ただ、秘密基地と呼んで妹とよく遊んでいた部屋だけは、せめて取り壊す前に相談してほしかったですね。まぁ父は頑固だったので、話したところで結果は変わらなかったかもしれませんが」


子どもの頃に部屋で遊んだ頃の記憶を思い出しているのか、懐かしげに目を細める館越さんの言葉を聞きながら、俺の脳裡にふと浮かぶ映像があった。


「……その部屋ってもしかして、人形とか絵本とかが置いてある和室ですか」

「えぇ、私たちの遊び場として祖父が作ってくれたもので、ちょっとした離れのような感覚で私も妹も玩具などをよく持ち込んではいましたが……。もうお話していたでしょうか」

「あ、いや、その……」

「子どもが秘密基地と呼ぶくらいですから、何か遊べるものやより快適に過ごせるものを置いていたのではと予想したようです」

「なるほど、そうでしたか」


白枇さんの言葉に館越さんが納得の表情を見せる。

まさか夢で見たからなんてそのまま言うわけにもいかず、かと言って上手い言い訳も考えていなかったので、すかさずフォローしてくれて助かった。

でもこれで、俺が見たあの部屋が実在したものだという事を確信出来た。


「こちらへ来た際に建物内は一通り見て回ったと思うのですが、部屋があった場所は今はどうなってらっしゃるんですか?」

「今は別棟という形になっています。より静かにゆったりと寛げるよう、一日一組限定とさせていただきましたところ、なかなかに好評でして。昨日まで宿泊のお客様が利用されていましたが、今日は予約がなかったはずですから、これからご案内しましょう」










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