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白枇さんに促されるまま風呂場へ向かうと、朝早い事もあってか俺以外には誰もいなかった。

ゆっくり考え事をするのにはちょうど良い。

何となく外の空気を吸いたくて、露天風呂で外の景色を見ながら温かいお湯に浸かっているうち、さっきまでの事を客観的に考えられるようになってきた。


あれはやっぱり夢だったんだと思う。

実際、目が覚めたのは部屋の布団の上だったし、荒れた川が出てきたのはきっと、川の氾濫や人柱を立てていたという昔話を聞いたせいだろう。

でも夢だったとしたら、どうして現実に濡れていたのかという疑問が残る。

あ、そういえば宿に起こる怪奇現象に水の音がするとか廊下が濡れているってのがあったんだっけ。

じゃあ俺の身に起きた事も、その一つなのか?




「間違いなくそうでしょうね」


風呂から出て部屋に戻ってすぐ、二人に夢の内容を話すと、白枇さんからそう返ってきた。


「赤幡さんの夢というのも、宿に潜む何者かが見せたものでしょう」

「え、じゃあもしかして俺、狙われてます?」

「他の方よりその手のものを惹き付けやすいという点では否定しませんが、お忘れですか?この宿にいるのは悪いものだけではない事を」

「それってもしかして座敷童子の事ですか?でもここ何年も見た人はいないって……」

「姿が見えないからと言って、存在まで消えてしまったと決め付けるのは早計かと。それよりも私は子どもが指差したという畳が気になります」

「俺もそこは気になってましたけど、でもただの夢かもしれませんし」

「ではこれから確かめに行きましょうか」

「え?」

「赤幡さんが見たものがただの夢だったのかどうか。三代目、宿の主人に話を聞いてみましょう」




壁際にいくつかの棚と机、反対側には簡易キッチン、真ん中辺りにテーブルとソファが置かれたシンプルな雰囲気の部屋は、事務室兼従業員の休憩スペースになっているらしい。


このタイミングで初めて会う事になった宿の主人こと館越たてこしさんは、優しそうな人だな、と感じた印象通りの話しやすいおじさんだった。

と言っても、いつもの事ながら話すのは白枇さんにお任せしている。


「皆さんがいらしてから、従業員の誰からも妙な現象が起きたという話を聞いていません。心做しか、館内の空気も明るくなったように感じます。ありがとうございます」

「いえ、現状は言わば応急処置のようなものです。根本をどうにかしなければ解決とは言えません。そこでお聞きしたい事があるのですが、よろしいですか?」

「もちろんです。私にわかる事なら何でもお答えしますよ」

「では早速ですが、お祖父様がこちらで旅館を始められた切っ掛けを聞いた事はありますか?」

「はい。今でこそ私が三代目なんてやっていますが、うちは元々農業をしていたんです。それがある時、詳しい説明もないままに、この土地を買ってくれないかと頼み込まれたそうなんです。うちも裕福なわけではありませんでしたから、祖父も一度は断ったようですが、その後も何度か祖父の元へ来て、土が良いとか将来絶対高値が付くとか、最終的には金を用意しないと殺されると泣き付かれたものだから、お金を出してあげたんだと言っていました。でもいざ来てみればとても作物を育てられる土の状態ではなく、その上地元ではよくない噂まである場所だったそうです」

「これまたとんでもない土地を買わされたものですね」

「普通に考えて騙されたんだろうな」

「ちょっ、黒緒さんっ!」

「はは、大丈夫ですよ。当時、子どもながらに私もそう思いましたから。祖父は孫の私から見てもとてもお人好しだったので、もしかしたらわかっていてお金を出したのかもしれません」

「そこから農業をやめて旅館を?」

「はい。どうにかして作物を育てられないかと試行錯誤もしてみたようですが、どちらへ進んでも同じ難しい道なら全く別のものをやってみようと思ったようです」


なんと言うか、館越さんのお祖父さんという人は、お人好しなだけじゃなく大胆な人でもあったようだ。



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