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* * *
「うわ、広っ……!」
「確かにこれは人気が出るのも頷けますね」
ちょっと奥まった位置にあるその建物は、知らなければ旅館の別棟とは思わないだろう、どこぞの古民家風の外観をしていた。
高い天井に広々とした室内、落ち着く内装と程好い静けさ。周りに気兼ねなくゆったりと過ごすのにはもってこいの場所だ。
「館越さん、こちらの次の予約はいつ入ってらっしゃいますか?」
「連日の予約が一段落しましたので、次は三日後だったかと」
「三日後……。もしかしたらその予約、キャンセルしていただく事になるかもしれません」
「えっ、白枇さん、それってどういう」
「当たり、という意味ですよ」
「流石にここまで近付けばわかる。向こうもオレたちが来た事に気付いてるだろうな」
つまり今この空間のどこかに、怪奇現象を起こしている大本がいるという事だ。
そんな事を聞いてしまうと、さっきまで心地好く感じていた静けさが、どことなく不気味に思えてきてしまう。
「館越さん、今から私たちでこちらの建物を見させていただきます。もしかすると大きな音が出たり、多少物が壊れたりしてしまうかもしれませんが、どうぞご了承ください」
「それは以前相談した際にも説明してくださったのでもちろん構いませんが、私はどうしたらよいでしょうか」
「仕事に戻ってくださって問題ありません。ただし、我々が良いと言うまで絶対にこちらの扉を開けてはなりませんよ。というよりも、建物自体に誰も近付けないようにしてください」
「わかりました。どうか、よろしくお願いします」
深々と頭を下げてから遠ざかる館越さんの背中を見送りながら、俺の頭の中には子どもの頃に読み聞かせてもらった話が浮かんでいた。
「良いって言うまで扉を開けるなって、なんだか昔話で聞いたようなフレーズですね」
「ふふ、確かにそうですね。ですが私たちがこちらへ来たのは恩返しのためではなく依頼を受けたから。もし中を覗かれる事があったとしても、姿を見られたからと仕事を途中で放棄して突然いなくなりはしませんよ。……但し、その方の安全までは約束出来ませんが」
「この先にいるのは、人に化けられる鶴なんかとは比べ物にならないくらいやばいやつだ。気を引き締めろよ」
「……はい」
そんな事、改めて言われるまでもない。
館越さんがいなくなった途端、部屋の空気が変わり、急に温度が下がったように感じるのはきっと気のせいじゃないはずだ。
「でも、この広い部屋の一体どこにいるんでしょうね」
「…………」
何気なく思った事をただ言っただけのつもりだったのだが、二人から向けられる無言の視線が痛い。
「……それ、本気で言ってんのか」
「え」
「なぜ別棟へ来る事になったのかもうお忘れですか?夢で見たものを話してくれたのはあなたでしょう」
「あ!……じゃあここにある畳のどれかの下にいる、って事ですか」
「館越さんに増築した部分など詳しく伺いましたから、その場所の見当も付いています。行きましょう」
二人は一切迷う素振りもなく一番奥の部屋の前まで進む。音もなく滑らかに開いた襖の向こうにあったのは、極普通の綺麗な和室だった。
当たり前ながら夢で見た部屋とは大きさも、内装だって違う。
けれど一枚だけ、中央に並べられた畳が自然と目に留まった。他のどれとも変わらない見た目をしているのに、妙に気になる。
気になるままに手を伸ばして畳を持ち上げてみると、その下には夢で見たような大きな穴が──なんて事はなく、しっかりとした床板があるだけだった。
「……ですよねー」
そりゃそうだ。畳のすぐ下に大きな穴なんて空いていたら、とんだ欠陥住宅だ。まぁここは住宅じゃないけれど。
元の位置に戻そうとした俺の手が、黒緒さんによって止められる。
「黒緒さん?」
「この下だな」
何をするのかと見ていた俺の隣で、黒緒さんが躊躇いなく右の拳を振り下ろした。
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