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「いやいやいやいや絶対無理ですよ!俺一人だなんて、冗談ですよね?」

「本気ですよ。私、嘘や冗談は言えないたちなんです」


微笑む白枇さんに「それこそ冗談だろ?」と思うが、言ったところで状況が好転するわけでもなさそうなので口には出さない。


「今回の妖魔は元飼い猫なんです。何度か接触を試みているのですが、どうやら私も黒緒も、猫に嫌われているようでして。首輪に付いた鈴の音で時折存在は確認出来ますが、警戒されて影すら見せません」


そりゃあ自分の身の危険を感じたら、猫じゃなくても逃げるだろう。特に何もしていなくとも、なぜか動物に避けられる人がいるのも事実だが。

もしや白枇さんたちもそのタイプなんだろうか。


「それで俺に囮になれって事ですか……」

「囮と言うとマイナスなイメージがあるかもしれませんが、赤幡さんなら大丈夫ですよ」

「一体何を根拠に」

「先程ご自分で仰っていたじゃないですか。どんな動物にも好かれやすく、攻撃もされた事がないと。どうぞご自身を信じてください」


少し前の自分の発言を思い出して後悔する。

確かに言いました。言いましたけども!


「さすがに化け猫相手に丸腰ってのはちょっと……」

「ご安心ください。何も身一つで新人を放り出す真似はいたしませんよ。こちらをお持ちください」


そう言って手のひらに乗せられたのは。


「犬のキーホルダー?」


黒い毛並みに凛々しい表情をした犬のキーホルダーだった。


「可愛いわんちゃんですね」

「ぷっ……、いや失礼しました。そちら、ただのキーホルダーではありませんので、お守りと思ってを肌身離さずお持ちになってください。いざという時助けてくれます」


そんなやりとりを経て、結局俺は一人で外へ送り出される事になった。



* * *



「猫~、猫ちゃ~ん。いるなら出ておいで」


右手に猫じゃらし、左手に猫缶、リュックには先程渡されたキーホルダー。妖魔退治というにはなんとも心許ない装備で寂れた住宅街を歩く。

探すのは俺が尻尾だけ目撃したあの三毛猫だ。

あれはただの野良猫じゃなかったのか……。


「にゃんこー、タマー。いや、三毛猫ならミケもあり得るか。ミケー、一緒に遊ばないか」


一応は猫を探しつつも、本音では出てくるなと願う。相手は人をも襲いかねない危険なやつだ。

まともに対峙したら、俺なんかが勝てるわけがない。ここは一通り回って「何もいなかった」って報告しよう。よし、そうしよう。

そうと決めたら足取りが軽くなった。


「こっちは……いないな。向こうもいない。鈴の音もしないし、この辺にはいない!っていうかそもそも白枇さんたちが探しても全然見付けられなかったんだろ。そんなやつがそう簡単に出てくるわけないよな」


残りは数十メートル先のブロックだけ。

ゴールが見えた安心感と達成感で駆け出そうとした俺の足がピタリと止まる。


「にゃーん」


背後から、猫の鳴き声が聞こえた。

リンッと軽やかな鈴の音が近付いてくる。

首をゆっくり回して振り向いた先、少し離れた場所に三毛猫がちょこんと座っていた。


「え……。もしかしてこれが妖魔、なのか?」


そこにいたのはどう見ても普通の、ただの三毛猫だった。

あんな説明をされた後だけに、もっと禍々しいものを想像していたのでなんだか拍子抜けである。

これなら俺でも捕まえられるんじゃないか?

なんなら捕まえて、白枇さんのところへ連れても行けそうだ。

俺は猫の目線に合わせるように屈んで手を伸ばす。


「こっちおいで、ほら、いい子だからおいで」


猫は俺を観察するようにしばらくじっと見つめていたが、やがてすっと足を伸ばして立ち上がった。


「そうそう、そのままこっちにおいで……え?」


立ち上がった猫は瞬く間にぐんぐん大きくなり、あっという間に家の屋根を越えるほどの大きさになって、俺を見下ろす。


「いや待て、やっぱ来るな!来るな来るな来るな!」


猫が前足を高く振り翳した。

慌てて立ち上がったせいで足が縺れて顎から転び逃げ遅れた俺に向かって真っ直ぐに腕が振り下ろされる。








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