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* * *


「まずは改めて今回の依頼内容についてご説明しますね。この辺りは昔、大きな繊維工場があり、そこで働く人たちの住居も数多くありました。しかし時が移ろい、求められるものの変化や海外からの輸入などにより、その工場への仕事が次第に減っていきやがて倒産。倒産する数ヵ月ほど前から只働き同然の給与しか支払われていなかったようで、生活苦から自殺する人も多かったそうです」

「……あ」

「お心当たりが?」

「……まぁ、ちょっと。ここらは十数年前から人影を見たとか、誰もいない場所から声が聞こえたって噂があって、俺自身変な影を見た事があったので」

「そうでしたか。であればご想像しやすいかと思いますが、負の気や念が溜まりすぎると、それにつられるように良くないものが集まりやすくなります。密度が濃ければ濃いほど浄化にも時間が掛かり、その土地を長い年月使えなくなってしまう。今は寂れているとは言え、これだけの広さがある土地です。実は再開発の計画が立ち上がっているんですよ」

「確かに駅からもそう遠くないし、ショッピングモールとかアミューズメントの施設でも建てば賑わいそうですね。あ、じゃあもしかして今回の仕事ってのは、その幽霊?たちのお祓いって事ですか?」

「それなら話は簡単だったんですけどね。事はそう単純ではないのです」


白枇さんはそこで一度言葉を区切る。


「この場所の目印に、彼岸花を指定したでしょう。あれはあなたが昔に見たという変な影、私たちが“幽体”と呼んでいるものが恙無く成仏をした時に咲く花なのです」

「成仏した時に?それにしては……」

「少ない、と感じましたか?」


思っていた事を言われ、内心ドキリとする。

前に見た影の数が記憶のままなら、そこらじゅうに彼岸花が咲いていてもおかしくはない。

けれど花を見たのはこの周辺だけだ。

仮にまだ成仏出来ていないのだとしたら、あの影たちをもっと見ているはずなのに、ここに至るまで俺は影を一つも見ていなかった。


「このあたりには幽体がいなかったでしょう。それには理由があります」

「理由?」

「はい。実はその幽体を喰らうものが現れたのです」

「あの不気味な影を食べてくれるって事ですよね。なら別に放っておいてもいいんじゃないですか」

「ただ食べるだけならば、ね」

「何か問題があるんですか?」

「幽体は基本的に物質には作用しません。しかしその幽体を喰らうもの、私たちは“妖魔”と呼んでいますが、妖魔は物質にも作用する事が出来るのです」

「それって、生きている人間も襲われる可能性があったり……?」

「その通り。しかも今回の妖魔は既に大量の幽体エサを喰って力を増している状態です。このまま開発工事を進めようものなら、どうなるかは自明の理でしょう」

「普通にやばいじゃないですか!」

「えぇ、ですから私たちが呼ばれたのです」

「そんなやばいのを、仮に俺を入れたとしても三人でどうにかしなきゃって事ですか?……ってあれ、黒緒さんは?」


あまりに静かだから気付かなかったが、いつの間にか部屋から黒緒さんの姿が消えていた。


「貴重な戦力が減ってる!」

「彼には別の用事を頼んだんです。然るべき時になればちゃんと動きますよ」

「じゃあ俺たち二人で行くんですか……?」

「いいえ。入って早々の方にこんな事を言うのは心苦しいのですが、妖魔もとい化け猫探しは赤幡さんお一人でお願いします」




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