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内心でガッツポーズをしている俺に、白枇さんが再び質問を投げ掛けてきた。


「これは純粋に私個人の興味になるのですが、何故あんな詳細もわからない怪しい求人に応募されたんです?普通は躊躇すると思うのですが」


あ、怪しい自覚はあったのか。

もし志望動機として聞かれたのだったらそれなりの言葉を考えていたところだが、もう変に取り繕う必要はないのだ。

だから俺はありのまま話す事にした。


「俺は今、ご覧の通りの就職活動中だったんですけど、見事なまでにどこにも引っ掛からなくて、その上アルバイト先もつい最近クビになってしまったんです。確かに応募は躊躇しましたけど、生活も掛かってるし、学歴も経験も不問だし、応募するだけならタダだしなって思ったので」

「なるほど。状況をお聞きするに、少しでも早くお仕事を始めたいとお考えという事でよろしいでしょうか?」

「まぁそうなりますね」

「承知しました。こちらとしても一日でも早く業務に就いていただけると助かります。では早速契約を結びましょう。こちらの契約書へサインをお願いします」


手渡されたのは、細かい文字でびっしりと埋め尽くされた一枚の紙。

ようやく掴んだ就職先に、俺は無意識に浮き足立っていたのかもしれない。

逸る気持ちも手伝って、ちゃんと読んだのは上数行のみ。続きは簡単に目を通し、一番下の同意欄へ署名をして白枇さんに返す。


「ありがとうございます。赤幡さんさえよろしければ、本日から働いていただきたいのですが、いかがでしょう?」

「はい、もちろん喜んで!」

「元気がよろしいですね。それでは早速行きましょうか」

「行くってどこに?」

「決まっているではありませんか。化け物退治ですよ」


先程「合格」と告げられたのとは違う理由で、再び耳を疑った。


「ちょ、ちょっと待ってください!今“化け物退治”って言いました?」

「あぁ、今回の場合は“化け猫退治”と言った方が正確でしたね」

「いや、聞いているのはそこじゃなくて……」

「おや?こちらに業務内容も明記しておきましたが」


白枇さんが指で示したのは、俺が署名したばかりの契約書。確かにその中に業務内容に関する項目もあり

〈怪奇現象解明の依頼について。速やかに原因を調査し、必要があれば実力行使の手段に応じる。

尚、業務中のトラブル、怪我や死亡は自己責任とする。〉

とあった。


「ここってお祓いを引き受けてる会社だったんですね……」

「当たらずとも遠からず、といったところでしょうか。ちなみに今回はこの“実力行使”が必要な案件でしで」

「それってやっぱり、危ないんです、よね?」

「まぁ、多少は」


なんてこった。生活の危機を脱したと思ったら、直後に命の危機が迫ってくるとは。


「そんなに不安がらずとも大丈夫ですよ。万が一あなたが幽体になったとしても、お給料はちゃんと出しますし、現在と変わりなくコミュニケーションを取る事も可能ですから」

「あの、全然不安が取り除かれてないんですけど……」

「私が言うのもなんですが、今後契約書はしっかり細部まで読み込んで納得した上でサインするようにした方がいいですよ」


にっこりと笑う白枇さんに、頷く事しか出来ない俺。


「……絶対にそうします。あの、やるって言ったのは自分ですけど、俺、ただ視えるだけでお祓いの力とかはないですよ?」

「そこはご心配なく。我々が上手く誘導しますから。先程はああ言いましたが、赤幡さんの事も、ちゃんとお守りしますのでご安心ください」


初対面で会ったばかりの胡散臭い人を信じろというのは無理がある、が。

今は信じる以外に方法がないのも確かだった。


「……よろしくお願いします」




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