6

「うわぁっ」


反射的に目を閉じると同時に、襟の後ろをぐんっと強い力で引っ張られた。


「無事か」

「黒緒さんっ!」


どこから現れたのだろう。すぐ目の前には黒緒さんの姿があった。


「なんでここに?どうやって来たんです?」

「説明は後だ。今は危ないから下がっていろ。姿を変えればバレないかと思ったが、オレの気配に感付いたようだ」


ピンチに駆け付けてくれたのはありがたい。

とてもありがたいのだけれど。俺の目は黒緒さんの頭に釘付けになっていた。


「犬耳……?」


黒緒さんの頭には、どういうわけか柔らかそうな黒い三角の耳が付いていたのである。


「誰が犬だ!どう見ても狐だろ。よく見ろ、耳も尻尾も全然違うだろうが」


そう言う黒緒さんには確かにもふっとしたしなやかな尻尾まで付いている。


「すみません!狐って間近で見た事なくて。でもその耳と尻尾、どうなってるんですか?すごくリアルですけど」

「言っておくがこれは本物だからな。妖力を解放するとどうしても出てしまうんだ。間違ってもコスプレなどと抜かすなよ」

「本物?ようりょく?え、どういう」

「余所見をしてると危ないですよ」


もう一つ聞こえた声とともに、前方で爆発音に似た音がした。

妖魔の叫び声と熱気が風に乗って伝わってくる。


「お待たせしました」


聞き覚えのある声に顔を向けると、白い耳と尻尾を生やした白枇さんが立っていた。


「遅いぞ」

「やっと獲物が姿を現してくれましたからね。逃げられないよう周囲に結界を張っていたんですよ。これでも早いくらいです。ところで赤幡さん、お守りは役に立ったでしょう?」


その言葉にはっとして背負っていたリュックに目を向けると、付けていたはずのキーホルダーがなくなっている。


「え、もしかしてあのキーホルダーって」

「えぇ、黒緒の変化へんげです」


結果的にそれで助かったけれど、とんでもないものを持たされたもんだ。急に多くの情報を提示されて頭が混乱する。それでも今、取りあえず聞いておきたい事がある。


「あの、結局お二人が出てくるんだったら別に俺必要なかったんじゃ……」

「そんな事はありません。先にお話しした通り、私たちでは警戒されて、文字通り尻尾すら掴ませてくれなかったのですよ。動物は特に、本能的に強い相手がわかるのでしょうね」

「だから俺を一人で行かせたんですか」

「はい。ですがまさかこんなに早く釣り上げてくれるとは思いませんでした。あなたは想像以上の逸材です」

「は、はぁ……」


なんだか素直に喜べない褒められ方をされているのはきっと気のせいじゃないだろう。


「さて、この先は私たちにお任せください。赤幡さんは出来るだけ離れて。行きますよ、黒緒」

「おう」


二人が揃って駆け出す。

重心低く走る姿は麗しい白と黒の狐へと姿を変え、瞬時に妖魔との距離を詰めたかと思うと、お互いの場所を入れ替えながら右へ左へ素早く動いて相手を撹乱する。

鋭い爪と牙で次々と攻撃を繰り出し、まともな反撃を許さないまま、あっという間に妖魔を追い詰めていく。


「すごい……」


そのまま一気に畳み掛けるかと思いきや、二匹の狐は一度大きく距離を取った。

絶え間ない攻撃が止んだことで体勢を立て直そうと動いた妖魔の体が次の瞬間炎に包まれた。


「んぎゃぁぁあああああ!」


耳を劈く断末魔が辺り一帯に木霊する。

妖魔を包む炎は赤から青へと次第に色を変えていき、一際ひときわ大きく燃え上がったかと思うと、初めから何もなかったかのようにぱっと消えた。


「終わった、のか?」

「はい。初仕事おつかれ様でした。今後の事も含めて食事をしながら歓迎会でもいたしましょうか」


振り返った先には、人の姿に戻った白枇さんと黒緒さん。

今の俺はまさに、狐につままれた気分だった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る