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 春日雫の復権を願う我々にとって、彼女が掴んで来るネタというのは一つ一つが彼女の記者としての存在意義を問う判断基準たり得た。

 私の抱く理想と彼女の理想とに多少の隔たりや差異は見られて然るべきであるが、しかしネタの善し悪し、強弱というものは一定の基準で判断が成されるべきである。が、困ったことに春日雫という記者はそれなりの常識はあれども、それを逸脱した瞬間限りなくポンコツと化す異能者でもあった。

 すなわち、彼女がその手に握りしめるスクープは実に弱い! ポンコツ記者とは彼女のことを言い、春日雫とはポンコツ記者の代名詞と言うことに一点の曇りもない。

 だがしかし。我々は彼女の失墜を喜ぶような悪鬼の類いではなく、復権を心から願う聖者の一味であるが故、彼女にその機会を与えることに躊躇いはなく、彼女が頭頂部におっ立てたアンテナで受信したスクープの種に耳を傾けることは吝かでない。

 とは言いながら、こちらが前のめりになるべき状況に関しては、こちらも幾らか注文をしておきたいと思う。奴は予め注文をしておく必要のある相手なのだと、我々は決して忘れてはいけない。

 普段から秘匿の内に隠れる我々週刊言責編集部の面々は、部活動以外でその顔を合わせることは皆無と言って良い。藤橋はクラスが違う。下級生は言わずもがな。

 意図せず出くわすのは学食くらいなものだろう。それとて互いに目を見合うことも、無論声を交わすこともなく、むしろ避けるように歩く様は、時に「あの二人は極度に仲が悪いのだろうか」と邪推する者も現れるやもといったほどである。

 でありながら、一人の女生徒が阿呆な面を引き下げて私のことをじーっと見つめていた。これが私に対する恋慕の視線であれば、サッカーの国代表を迎える村民のように両手を広げて歓迎することもないではないが、そうでないと分かっているからこそ私は怒りに打ち震えた。

 言うまでもないことだが、それは春日雫であった。あの阿呆は、秘匿の内に暗躍する己が立場を忘却の彼方に追いやり、週刊言責の顔足る私を睨み付けていたのだ。

「この馬鹿者!」と叫びたい気持ちを実に華奢な腕で腹の底に押し込んで、掻き込むように片隅でカツカレーを頬張った。

 雫が何を考えているのかは手に取るように分かる。スクープを掴んだのだ。それを言いたくて言いたくてウズウズしているのだろう。

 それ自体は歓迎しようじゃないか。とは言え状況を見よこの阿呆!

 君と言責は秘匿そのものなのだ。私との関係性の露見は週刊言責編集部の存亡にかかわると知れ!

 この怒りを胸に、次に顔を合わせた際には、秘匿の内足る週刊言責編集部の隠れ家にて拳を一発くれてやる覚悟である。

 校内放送から流れる21クラップの最新曲『全部僕が悪いんだ』は、是非とも春日雫から聞きたい言葉であった。

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