彼と彼女が目指すもの

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 我が大岐斐高校に於いても他校のそれと変わりなく、校内放送というものは誉れ高き放送部員の仕事であるが、曜日によって声を乗せるパーソナリティーの内訳は大きく異なっていた。

 毎週水曜日は我が校に於いてダントツの人気を誇る花形部活、第二アイドル部、通称『21にーいちクラップ』のメンバーによる校内放送、『21にーいちクラップのクラップユアハンズ』が昼休みを爽やかに彩っていた。

 スピーカーから響く声はいつ何時でもこうであって欲しいと思うほど華がある。女子の会話というのは聞くに堪えない与太話が大半を占めるものだが、品が欠けさえしなければ存外聞けるものだと教えてくれたのは、他でもないアイドル部の面々であった。

 下品極まりない言葉遣いも、笑えない下ネタも、彼女たちからついぞ聞こえてこない。それは紛れもなくアイドルの振る舞いであり、平時がどうであるかはさておいて、パブリックな場での彼女たちは大袈裟でもなく、清純と表現して然るべきであった。

 生徒が投稿した「一番好きなおにぎりの具は何ですか」などという下らないことこの上ないテーマについて彼女らは実に楽しそうに会話する。

 二年生の笠木かさぎ芽衣めいが甘ったるい綿菓子のようなふわふわした声で「芽衣は唐揚げが好き。え? おにぎりに入れるよね?」と言えば、一年生の長松ながまつ亜衣花あいかが冷静な声音で「わたしは入れないです」と突っ込んでいく。誰かがこの空間に、ほっこり、以外の言葉を当てはめたらば、私は体制に反旗を翻す学生の如く「それは違う! これこそがほっこりを体現した、ほっこりそのものなのだ!」と叫ぶことだろう。

 そうは言いながら、私は特段、彼女たちのファンという訳ではない。

 故に、ということでもないが、彼女らの人気があればあるほど、色恋沙汰の一つや二つあってもおかしくなかろう、と思うのが私の中で蠢く記者魂の阿漕な性質というものだ。

 見た目は上々、愛想は良く、清純を見事に装う彼女らにハートの矢が向かわぬことなどありはしない。虎視眈々と狙っておるのだ。大勢の男共と、我々週刊言責が。

 四六時中張り込むほどのいとまはないが、彼女らが包み隠す恋慕がちらとでも顔を覗かせたとき、それは我々の純粋で邪なジャーナリズムの餌食になると知れ!

 などと思いながら、私はカツカレーと書かれた食券を、学食で手伝いをしている生徒に手渡した。

 学食内は意外なことに陽気な生徒の割合が少なく、教室の賑々しさから逃避したい者たちの溜まり場のようになっていて実に居心地がいい。従って、この場は寂しげに高校生活を送る生徒らの楽園であり、見方によっては、全てが我々週刊言責のコアターゲットでもあった。

 同時に彼ら彼女らは我が校に三つ存在するアイドル部を熱心に応援する、彼女らにとってのメインターゲット層とも被る。もしもアイドル部の面々をスキャンダラスな形で取り上げたらば、恐らく私はここで二度とカツカレーを食すことができなくなるだろう。そう思うと、素直に尻込みしてしまう臆病な側面も持ち合わせているのが私という生き物でもあった。

 だが、もしもそのような場面に出くわしたなら、きっと私は、

「本能が勝つのだろうな」

 カツだけに、と心の中で呟きながら長テーブルに受け取ったカレーを置き、盆正月にしか会わない方言丸出しの親戚のような駄洒落を少しでも面白いと思ってしまった己のセンスのなさを恥じ、熱くなった顔を隠しながら着席したのであった。今日のパイプ椅子は、座り心地がよろしくない。

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