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 衝撃、という点に於いては、先週号の東杉原熱愛発覚の比ではないことを私は確信し、ここに断言しておこうと思う。月曜日の校内は坂内アンナの話題で溢れていた。

 一抹の不安さえもなかったのかい、と訊かれれば、私は持ち前の素直さで「とても不安だった。死にそうだった」とやや誇張して表現したことだろう。とてもデリケートな部分であったことは確かで、どこまで表現していいものか随分と悩んだ。

 ただ、本当の自分を隠すことに嫌気が差していたであろう坂内アンナと、その想いに共感したS、すなわち瀬川絵理沙の協力があったからこそ、私はそれらの怯えを封じ込め、今回の件を記事に出来たのだと思う。でなければ記事にする勇気など持てなかったと断言できる。そのせいか、保健室での一件よりも、恋愛スキャンダルの方に比重が傾いた感は否めないが、ネタの強さや良し悪しで重視する点というのは変わるべきであるから、保健室どうこうの件は問題提起程度であっても良いこととする。

「なあ久瀬、これマジ?」と無粋な生徒が私にそう投げかけてくる。

 教師や生徒に恋愛スキャンダルが起きる度、二年一組、及びかつて所属していた一年五組では必ずと言うほどこの問いが降りかかって来たものだ。いい加減辟易しているのだが、相手を黙らせる切り返し、というものを心得ている私は、一貫してこう答える。

「記事に書いてあることが全てである」

 物書きとして、このセリフはとても気持ちが良い。なので辟易していると言うのは嘘である。これを答える自分が実を言うと好きであり、こう答える機会を与えてくれる無粋な生徒には感謝の気持ちしかない。

 感謝と言えば。

 私は、徐に教室の隅を見つめた。週刊言責を刊行した日、私は必ずその席に視線を向ける。

 五人も六人も集まって騒ぐ彼ら彼女らの輪には入っていかず、一人、口許に僅かばかりの笑みを浮かべながら、週刊言責に目を輝かせているクラスメイトが、そこにはいる。

 決めつけはよろしくないが、きっと、彼の青春は灰色だろう。中学時代の私ととてもよく似ているからだ。椅子と臀部が同化したかのようなあの座り姿勢。かつての私を客観視しているような気分で、ある意味では苦しいのだが、そんな彼が微笑んでくれている光景に、私は心から喜んでいた。どれほどかというと、内心がガッツポーズとしてこの世に発現してしまうくらいである。

 これこそが本望なのだ。これのみを求めていると言えば過言だが、これ以上の喜びがあるかと考えてみればそうそうありはしないので、本望と言って差し支えはないだろう。

 紙面を彩るのは、所詮は白黒の写真と文字のみ。事件、嫌疑、騒動。それら一切は総じて我々のネタに過ぎない。坂内アンナがどれだけ悩んでいたとしても、私からすれば、週刊言責を構成する一つの要素以上にはなり得ないのだ。

 週刊言責に託した想い。それは、純粋なジャーナリズムと歪んだ正義感。それもまた然り。しかし、本懐と言えばやはり、灰色の青春に一滴でも色を落とせるのなら、という所に終始するのだろう。

 学校なんぞ退屈の巣窟だ。何せ、楽しく面白いものは皆秘匿の中に沈み、我々の手の届かぬ所で泡となって消えていくのだから。

 隠された色恋を開示せよ! なきものにされた不正を暴け! 例え陳腐であったとしても、謎とあれば詳らかにせよ! 我々週刊言責はそれらで以て青春に色彩を添える。

 それはなかなかに理解の得られないものだが、諦めてしまったその瞬間、灰色が灰色のまま時を経る恐怖に比べれば、なんてことのない壁である。

 あの生徒が、一冊の週刊言責に目を輝かせてくれているその現実一つで、私は報われ、私の青春には色が灯る。

 週刊言責は、私の青春そのものだった。

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