4-8
「ぷっ。なに熱くなってんすか先輩」
冷めに冷めた目でそんなことを言うこの後輩を私は即刻編集部からの除籍に追い込みたい気分だ。私は恥ずかしさのあまり、己の顔が一体どんなものであったかを思い出せないでいた。有り体に言えば赤面していた。
「だからこそ週刊言責がそれを書こうじゃないかと言っておるのです! だって。絶対久瀬先輩これ言おうって決めてから行ってますよ。間違いないっすね」
「あまり虐めちゃ駄目だよ雫ちゃん。見て。久瀬くん顔真っ赤だよ。きっと恥ずかしい思いをしてるんだから、そっとしておこう。ね」
改めて言うな藤橋、人としてどうかと思うぞ!
「何が悪いと言うのだ! 私は自らの色恋を恥じるような坂内アンナに思いの丈をぶちまけただけではないか! 人間味があると言ってもらいたい」
恥ずかしさを紛らわす為に叫んだのではない。本心だ。恥ずかしいという点もまた、紛れもない事実である。
「記者は粛々と事実を聞きだし、説得し、冷静に真実を追うべし。そういうものじゃないんすか、先輩」
「挑発紛いに言ってくれるではないか。一昨日の夕方に保健室で見つけたメモを写真に撮り嬉々として送りつけて来たがまともに写っておらず、後で見てみれば単に養護教諭が『ご用の方は職員室へ』と書いただけのものに過ぎなかったという凡ミスをしでかし、挙句今日の張り込みにも遅刻してきた分際で」
「恥ずかしさのあまり後輩を叱責する先輩とかカッコ悪いっすよ」
「ああ、そうだな、とても恥ずかしいな。君のように自身のミスを棚上げして先輩を嘲笑するような、人でなしを極めた後輩を持ってとても恥ずかしいよ雫」
「しょうがないじゃないっすか! 昨日夜更かししたんだもん」ここで反駁するか後輩。反省を見せよ反省を!
そんな中でも、レコーダーからの私の醜き声は尚、文芸部部室の中にて響き渡る。
『――馴れ初めなんて聞けたら、読者諸君も喜ぶと思いますよ。あなたはあなたが思っている以上に、慕われておりますので』
俯く他にない私をどうか救って頂きたい。SOSを出す術を学んでおくんだったと悔んでいた時であった。
「でも、ぼくは好き」華奈は言った。「先生、きっと響いた」
頬を赤らめる華奈は、思わず零れたであろう一言に、ゆっくりと口を抑え「なんでもない」と取り繕う。その一言に、私が救われたとも知らずに。
「まあ、ウチも嫌いじゃないけどさ」雫への前言を撤回。実にいい後輩を持ったものだ。
「わたしは普通に好きじゃないよ」おのれ藤橋、空気を読め。
録音機材からの声が終わってみれば、静かな文芸部の部室内は、不気味ながらも温かかった。
――得てして、私の情熱は溢れすぎる。
冷静沈着を演じることでそれをひた隠しにする私は、それでも内の熱を抑えきれるほどの仮面を被ることが出来ない。今日とて、静かな校内に一度だって褒められたことのない私の悪声を響かせてしまった。恥ずかしい限りだ。週刊言責の名を一身に背負う立場でありながらこの体たらく。編集長の肩書きに恥じぬ行動をこそ求められる人間がこれではいかん。反省はいくらしてもし尽くせぬ。
「でもね」
口を開いた藤橋の仮面は、私と比べれば随分と分厚い。感情を見せず、私のような腑抜けと違い、偽りをいくらでも演じることが出来る。そう思えば、今この瞬間の藤橋まいかも、偽りである目算が高い。
「何を恥じることがある、だよ。久瀬くん」
この言葉も、私にしてみれば信じるに足る要素など皆無である。
秘匿は不信を招くもの。私はそう思っているからだ。藤橋まいかは秘匿性でのみ形成された存在であるとも言えることから、持論を適用して、私はこの言葉を突っぱねるべきだろう。
然りとて、私は酷く人間的であるから、その言葉が賛辞と見るや、その表情に偽りを浮かべることが出来ない生き物でもある。
その姿に、週刊言責編集部の三名は変にニヤつき、私の頬を小突くのだ。
迷惑千万。
私も拒めば良いものを、何を一緒に笑っておるのか。相変わらず分からんものだ。青春と言うやつは。
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