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 車内にて。すっかり夜も遅くなり、自宅での夕食を食べ損ねた我々は、アパート近くのコンビニで弁当を買い、本日の取材について振り返っていた。私は牛丼を頬張りながら、華奈はからあげ弁当、藤橋姉妹は仲良くパスタであったが、車内に充満した匂いは良くも悪くも混沌とし、このまま走り出せば酔い止めが必要になろうことは容易に想像がついた。

 さて、本日の成果や如何に。

 現時点で、私個人には手ごたえがなかった。日常の一幕を切り取っただけではいかんのだ。誰もが想像出来るものを週刊言責に載せた所で、「やっぱりアンナ先生は美しいな」と当たり前の一言を零されて終わってしまう。

 今回の取材の本質は、今日、保健室で坂内アンナが電話していた理由とその相手を暴くことにあった。それが何者であったかが分からないのでは無意味と言う他ない。

 ならば、この取材に意味を持たせるのは何か。そう、谷汲華奈が切り取った風景である。

 華奈は鞄からノートパソコンを取り出し、写真データをパソコンの画面に表示させ、後部座席の我々にそれを渡すと、黙々とからあげを食べ始めた。どうも好物らしく、昼の弁当にも必ずからあげは入っている。購買で買うのもからあげばかり。一途なことで。

 牛丼を平らげた私は画面に集中した。クリックしながら、一枚ずつ写真を確認していく。

 赤い軽自動車、プリンを手に取る坂内アンナ、風邪薬を手に取る坂内アンナ、微笑む坂内アンナ、一瞬を切り取る写真に於いてもなお霞むことのない圧倒的、美。数点現像し自室のコルクボードに貼り付けておきたいとまで思ってしまうほどの凄まじい美。

 惚れ惚れしながら、ようやくアパートでの様子に辿り着いた。その枚数にはさすがの私もやや飽くのだが、被写体の美しさでなんとか持っている。

 そして、我々は少々、戸惑った。いいや、戸惑ったのは私一人だっただろうか。

「これは、どういうことなのだ」間髪をいれず「どういうことなのだ!」私は叫んだ。

「あら、久瀬くん。アンナ先生は嘘なんてついていなかったってことなんじゃないの? 意外でも何でもないよ。納得いかない?」

「い、いいや。納得いかないどころかむしろ歓迎したいところだが、なかなかどうして、想定外のことが起きると人というものは口をあんぐりさせてしまうものなのだな藤橋よ」

「そうだね。思いのほかコンビニのパスタがおいしいことにわたしもさっき口をあんぐりさせた」

「冗談はよしてくれ」

「ごめん」

「冗談だったのか」

「ええ」弄ばれているようだ。

「しかしこれは……大スクープの予感がぷんぷんであるな」

「四ページくらい割きたくなっちゃうくらいにはね」

「うむ、なんだかわくわくしてきたぞ!」

 我々は、本日の取材を終えた。

 この瞬間に私の心を満たしたこの感情をこそ私は、高揚感、と名付けている。

 これだ。この感覚こそ、灰色の青春を彩る刺激足り得る、週刊言責の種なのだ。

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