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 私と藤橋は、別取材を終えた華奈と共に旧文芸部部室に戻り、服を着替えた。尾行するのだ、さすがに制服と言う訳にも行くまい。目立たない服を我々は鞄の中に常備していた。

 今日は職員会議もない。坂内アンナは割に早く帰路につくだろう。とはいえ、大岐斐高校吹奏楽部の活動は遅くまで続く。現在十八時。音楽室の見張りの任に就く華奈曰く、未だ終わる気配なし。よくこれで保護者からの苦情が来ないものだ。

 我々は旧文芸部部室にて時間を潰していた。

 藤橋は、一年生の昼飯冬子ひるいとうこから寄稿されたコラムのレイアウトに勤しんでいる。〈今週のコラム〉は学生生活に感じる疑問や怒り、校外学習の思い出でもなんでも、生徒たちに自由に書いてもらう人気コーナーだ。これらは私以外の部員が持ち回りで担当していた。報道機関としての我々と、生徒たちのエンタメとしての顔が同居する週刊言責。どちらも欠けてはいけない車の両輪であった。

 などと考えつつも、私は現在、私自身が最もこだわるべき報道への奉仕を怠っていた。惰気にかまけていた訳ではない。今この手が綴る文章もまた立派な週刊言責のページを彩るものなのだ。

 週刊言責では小説の連載を行っている。タイトルは『悦に入る』。作者、木頭良人きずりょうじんとは、私のペンネームであった。

 私はこの小説に並々ならぬ情熱を注いでいた。何故なら、普段小説など読みもしない当校の生徒が、この『悦に入る』に関しては相当な熱量で読んでくれているという噂が耳に入ったからだ。

 当初は文芸部に小説の寄稿を依頼していたのだが、「我々も部誌を刊行している。週刊言責などという得体の知れない雑誌に寄稿する暇などあるとお思いか!」と門前払いを食らったことから仕方なく私自身の手で書き始めたものであるが、こうも嬉しい反応を頂戴できたのはもっけの幸いである。

 今年はこれを書籍化し文化祭で売りつけることも画策中であった。儲けの種もまた言責には必要なのだ。金策せねば部活動一つままならぬのも俗世と変わらない。

 内容に関しては割愛させて頂くが、私の手で書かれている以上は卑屈な主人公になることは必然であるからその辺りお察し頂くこととして、さてさて次はどのような物語で以て生徒諸君を卑屈ワールドのどん底に陥れてやろうか。私の胸は高まる一方であるのだが。

「久瀬くん楽しそうだね」藤橋まいかはパソコンに向かう私にそう投げかけた。「取材よりもそっちを優先してない?」

「何を馬鹿な」失敬だぞと一喝した。

 真実を追求する日々も素晴らしいが、しかしノンフィクションの中で息をするのはなかなかどうして窮屈なものだ。私の中では、創作に現を抜かすことそのものが安らぎをもたらす重要な存在に位置付けられているから、どちらかが欠けてもいけない。どちらもあって、均衡を保つことが重要なのだ。

「まあ、そもそもここはかつての文芸部部室であるからな。小説を書くことこそがこの部屋にとっては本懐であろうし、良いではないか。『悦に入る』もまた週刊言責の一部なのだ」

「別に駄目って言っている訳じゃないよ。ただね、さっきから電話鳴ってるよ。たぶん華奈ちゃんから。吹奏楽部、終わったんじゃないかな」

 不覚! 後れを取ったか!

「もっと早く言ってくれ給え」

「だから、取材より大切なのかなって」

「馬鹿を言うでないよ」

「じゃあ、どちらを優先するのかな」

「無論取材! ノンフィクション!」

 なんだかんだで私は、リアルに勝るものはないと知っているのだ。

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