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 谷汲華奈は当編集部の記者でありながら、同時に写真部にも所属していた。

 授業中であっても首からデジカメを下げ、放課後は一眼レフを構えて校内を徘徊することから、『常備』という異名で呼ばれていることを私は独自ルートによる取材で掴んでいる。

 同時に、彼女がファインダーを覗いた瞬間を見たことがないとまことしやかに囁かれていることを知る私は、その影の薄さが伝説レベルに達していることを悟っていた。

 あまり口を開かない華奈であるが、会議に於いてはさすがに発声を余儀なくされる。首肯だけでは何も伝えられないからだ。

 火急の事態にあって挙手した華奈は、制服のブレザーのポケットから写真を取り出し、机の上にそろりと乗せた。

 鼻まで伸びた前髪からチラチラと覗くつぶらな瞳は、やはりジャーナリズムの熱意に満ちている。寡黙と言うべきか単に無口と言うべきか、そんな彼女であっても、この部の記者足る情熱は持ち合わせているのだ。

「見て」華奈は写真を指差した。「スキャンダル」

 それは、一人の女性教師の姿が写されたものだった。被写体の手には携帯端末がある。

「なんと華奈が! 珍しいことがあるものだ。どれ、これは……保健室、だな。一体何をしているところだ?」

「電話。職務中、なのに」

 ここは手放しでさすがと言わざるを得ないが、この一枚には谷汲華奈の実力が余すことなく凝縮されていた。被写体と同時に日めくりカレンダーを写すことによって撮影日を、教室に掛けられた時計により撮影時間を、対象に言い逃れできないように収めているのだ。

「今日の写真ですよこれ。超リアルタイム~。電話をしているのは英語教師の坂内アンナ。かーっ、おっきい胸ですねえ。ハーフで美人で若くてボイン。羨ましいっ」

 雫は飲んだくれたオヤジのようにふて腐れた。

「時間は午前十一時三十五分、って所だね。あれ、でも確か、坂内先生はこの時間、華奈ちゃんのクラスで授業があったんじゃないの?」

 藤橋の問いに、華奈は首肯する。

 他人のクラスの時間割まで憶えている副編集長殿にこちらは驚く他にないのだが、それが事実なら大問題。我ら生徒にとって不可欠な勉学の時間とはすなわち授業であって、その授業を仕切るべき教師がそれを放棄していたとなればスクープだ。記事にしたならば話題沸騰間違いなし……なのだが。

「確かに教師の授業放棄は問題だが、これだけでは弱い。やんごとなき事情というのもあるだろうからな。理屈と膏薬はなんとやら。言い訳され放題のネタは記事にし難い。四ページの壁はでかい」

 華奈は怪しく笑った。

「安心していい」ぼそぼそとそう話す華奈に滲む自信。「電話の相手、恐らく恋人。内容は、え、えろい」

「なな! なんですと!」

 一番冷静でいるべきこの私が思春期全開で反応してしまった。

「そ、それは本当か! け、けしからんではないか! だ、だだだだがしかし、証拠がないのでは結局は捏造だと言い逃れを許してしまうぞ、首尾は! 首尾はどうなんだ!」

「動画で」

「よおーし、でかしたああああああああ!」まことに大義である。大義である!「早速聞かせ給え!」

「分かった」

 後輩である華奈のタメ口など今はどうでもいい。

 私は常に刺激を求めている。刺激とは、校内を席巻せんとする勢いを持った圧倒的スクープだ。ジャーナリストの端くれ未満だが、そこは記者然としていてなかなかだろう。

 しかし私とて記者である前に学生であり、学生である前に男の子。男の子とは、本能がいきり立つ桃色世界という刺激をありとあらゆる所に求める生き物でもある。

 この瞬間、眼前にその両方が屹立しておるのだ。興奮するなという無粋な者があるならばすぐさま斬って捨てよう。

「さあ、聞かせ給え。桃色世界を!」

 華奈は頷いた。首から下げたデジカメを手にして操作をすれば、件の動画が映し出される。

 わくわくが止まらない。わくわくが止まらない!

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