第4話 告白・改
夢のような日曜日が終わり、月曜日がやってきた。登校日だ。いつものようにトーストを平らげ、出かける。昨日はどんな夢見たっけな。
「ヒョータくーん、おはよう」
「ああ、裏葉ちゃん。おはよう。昨日は楽しかった。ありがとな」
「こちらこそ、楽しかったよ。ありがとう」
「またどっか行こうか」
「いいね」
「そういえば、今日2時限目までだったよな。終わったらカラオケにでも行くか?」
「そうだね、そうしよう」
こうして、退屈な授業を乗り切り、帰りがけにカラオケに行くことになった。
「さて、裏葉ちゃん、どっちから歌おうか」
「その前に採点入れようよ。どっちが高得点取れるか、勝負しよ! 勝ったら一つ、負けた方に何でも要求できる! どう?」
「おういいぜ。勝負だ! トップバッターは勝負を持ちかけた裏葉ちゃんの方でいいか?」
「うん、望むところよ!」
トップバッター裏葉。タイトルは『けだるげロマンティック』。さすがは女子。透き通るような歌声だった。タイトルとは裏腹に爽快で駆け抜けるような曲。トップバッターを飾るにふさわしい選曲だろう。さて、気になる点数は……。
87点!
「まあこんなものよ」
いつになく、得意げな裏葉だった。
「いい歌声だったぜ。CD出すなら買うよ」
「えへへ。次はヒョータ君の番だよ」
「そうだった。俺は最初から本気だ。大人気なく得意のバラードでいくぜ! それでは聞いてください。『MOTHER』」
ビブラート64回。今日は調子が良いようだ。一人で来る時はたいてい最初にこの曲にする。バラードは最初の調整、喉の調律に最適なのだ。お腹から声を出して奥深い歌声になったはずだ。さて、どうだ……。
92点!
「まあこんなもんよ」
「ええ⁉︎ 92点⁉︎ まあ、あの歌声なら納得しちゃうよね。意外、こんなに歌うまかったんだ」
「うへへ、そんなに褒めても何も出ないよ。歌声しか出ないよ」
こんな調子で約2時間。交互に歌い続けた。
「やっぱり私より一枚上手みたいね。すごいよ。98点だなんて」
「ああ、俺の一番の得意曲だからな。『君が代は。』」
「うん、気持ち良いくらいに負けた。約束通り、何でも一つ言うこと聞くよ」
満足げな表情だった。いや、切なげな表情のようにも思えた。そうか、夢の影響か。
「そっか。勝つことばかり考えていて、要求のことは何も考えてなかったよ」
「何でも良いよ、その要求を100個に増やすとかでも」
「いやそれ、要求される側が提案するようなことじゃねえだろ。しかし何も思いつかないなあ」
夢の中じゃ俺、どうしたんだっけ……。というか、勝ったんだっけ? 夢ではよくある。辻褄が合わないことが。
……そうだ。夢の中でも勝った。だけど、負けた前提で話が進んだんだった。
そして、後に彼女は要求した。「私と付き合って」と。
そうか、そのために賭け事の勝負をあつらえたのか。裏葉が俺を手に入れるために。ならば、
「じゃあさ、俺と付き合ってくれないか?」
「うん、いいよ。どこに?」
やはりそうきたか。
「うん、いや、別にどこにというわけでもないんだ。ただ一緒にブラブラしてくれれば」
「そんなことでいいの?」
「そんなことくらいがちょうどいいんだよ」
こうして、俺たちは、カラオケ屋から出て、ラブラブすることになった。いや訂正、ブラブラすることになった。歩きながら、話をした。何ということもない。他愛もない話だ。普段他の女子といると、妙な緊張感が俺の言動を支配する。しかし、裏葉といると、なんだか落ち着くのだ。こいつとなら……。こいつとなら、いいのかな。幸い、俺のことを想ってくれているようだし、俺もそろそろ前を向かなきゃいけない。そう、目の前にいる女の子に目を向けるべきじゃないのか?
俺たちは、展望台に来ていた。もうすっかり日は暮れていて、遠い空と夜景が見える。一言で言えば、ロマンチックというやつだ。
「なあ」
「ヒョータ君」
被せるように裏葉は言った。俺の「なあ」は敢えなく掻き消えた。
「なんだよ」
「ヒョータ君。最初に会ったときのこと、覚えてる?」
「ああ、覚えてるぜ。確か、授業で出た課題でわからないところを近くにいたお前に聞いたんだよ」
「そのときの、私の印象ってどうだった?」
「第一印象か……。そうだな。おとなしめなやつだと思ってたよ」
「思ってた?」
「うん。接してみると、意外としっかりしててな。おもしろいことも言うし、実は明るいやつだと、徐々にわかってきたかな」
「そっか。なんか照れちゃうな」
「裏葉ちゃんこそ、どうなんだよ。俺の第一印象」
「うん、そうだね。実は私、最初に会ったときのこと、覚えてないんだよね」
「え、まじ⁉︎ ひどい!」
「ううん、そうじゃないの。……いや、忘れちゃったのはほんと。ごめんね……」
俺から視線を外し、空を見上げて再び裏葉は呟き出した。
「でもね。いつのまにかそこにいた」
「……?」
「いつのまにか仲良くなってた」
「…………」
「いつのまにか心を許してた」
「…………」
「ほんと、こわいよ」
「……え⁉︎」
「うん、ほんっと、こわい。……こわいな」
何かに覆われ、煌めき揺らめく瞳を俺に向けて、彼女は笑った。
「好きです。私と付き合ってください」
なんだよ。回りくどいな。言うなら最初からそう言えよ。そんな見え透いた考え、見てるだけで恥ずかしいんだよ。こいつ、本当は馬鹿なんじゃないのか。ほんっと……。
へそとつま先を彼女のベクトルに向き直し、
ーーほんっと……。
「はい」
ーーかわいいな。
笑顔の彼女が、さらに微笑み、目が三日月型になったもんだから、当然。目を覆っていたベールが雫となり、次から次へと溢れ出した。
「私なんかでいいの?」
「お前なんかでいいよ」
「あはは、何その言い方、ひどい」
「しかし、なんで俺に告らせておいた上で、それを流したんだ? この前だって振りやがったじゃん。お前には乙女心ってのがないのか?」
「私が、ちゃんとヒョータ君のことが好きだから。私の方から言いたかったの。私の手で欲しいものは掴みたい」
「負けた……」
「勝った……うふ」
あはは。あはははは。
俺たちは笑った。
そして。
いやまて、キスはまだ早いかな早いなよし早い。
ヒヨってしまった。
しかし、こうして、満を持して、特別な日は、今日の日付となった。初めてした告白、初めてされた告白、初めてのデート。初めての彼女。人生の中で最もささやかな幸せが詰まった日々だった。
「もう死んでもいいかもしれない」
講義と講義の合間。お昼休み。昼食をペロリと食べた後、俺は無意識にそう呟いていた。
「何言ってるの。まだ始まったばかりじゃない!」
まだ食事中の俺の彼女はそう応えた。
「だっていろいろ夢が叶った瞬間なんだもん。あと夢と言ったら、幸せな瞬間に死ぬことくらいだよ」
「そんな心持ちの低いことでどうするの?」
「じゃあさ、明日世界が終わるとしたら、今日をどう過ごす?」
「え? うーん。パッとは思いつかないかなあ」
「だろ? そういうもんなんだよ。幸せな瞬間があったなら順番なんか関係ない。終わり良ければ全てよし。なんて言うけど。振り返ったときに良い思い出さえあれば、全てよし。になるんだよ」
「なるほど? いやいや、さっきと言ってること矛盾してるよ」
「にゃー細かいことは気にするな。つまり俺の人生に一片の悔いなしってことだ。だから俺は今死にたい」
「だからやめてよもお」
先程も言ったが、俺は幸せだ。いつ死んでもいい。でももし死ぬならできれば幸せな状態で死にたいと、ただそれだけだし、最悪それは叶わなくともいい。今幸せなのだから。逆に言えば、俺は今まで幸せというものをあまり感じたことがなかった。いや、結局幸せなんて、物事の見方次第なのだろう。でもだとしたら、俺に幸せな見方をもたらしてくれたのは、間違いなく裏葉なのだ。そういう瞬間のために生きてきたのだとすれば、今までの苦労や辛い経験も、全て水に流せるくらいのものだ。
「でも、ヒョータ君、まだ童貞でしょ?」
「は⁉︎」
会話に割り込み、その場の雰囲気と思考に水を刺したのは、見知らぬ男子学生だった。
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