第27話 命育む

ミストレア―ご神体を祭る祠の中


キュルート:「それでミゼルちゃんはどこまでのことを知っているのかのう」


ミゼル:「そういう言われ方をされると私が特別こういう神様とか宗教に詳しいみたいですけど、私が知っているのはあくまでこの世界の一般的、常識の範囲内の知識ですよ」


キュルート:「ほっほっ、知識をどれだけ持っているかなどそう大事なことじゃないよ。知識なんてどれだけ持っていっても足りることなどないのじゃからの」


ミゼル:「はあ」


(キュルートさんぐらい長く生きていそうな人でもそう思う時があるのかしら)


ミゼル:「さっきも言いましたけど、私が知ってるのはあくまで常識的範囲の事。ガンマ教が邪神を崇拝する危ない宗教として世界中から危険視されていること。そしてそのガンマ教は昔の大反乱で信徒全員がエルダント帝国に処刑され、もうこの世にはガンマ教は存在しないものとされていること……です」


キュルート:「ふうむ、なるほどのう」


ミゼル:(私もキュルートさんやキュリスがエルダント帝国が言うような邪神を崇拝する危ない奴らとは思えない。けどこの村が普通じゃないのは確か。ガルダーミンクなんて明らかに人の住める環境じゃない場所に村が孤立無援であるなんて。何か裏に大きな秘密が……)


キュルート:「おおむね、ミゼルちゃんの言った通りじゃな」


ミゼル:「えっ……」


キュルート:「ミゼルちゃんの言う通り、ガンマ教の信徒は昔、弾圧を強いるエルダント帝国相手に反旗をあげ、みな返り討ちに遭った。その圧倒的なまでの力の差を前にしたガンマ教の信徒はその多くが心を打ち砕かれガンマ教を捨てた」


ミゼル:「捨てたって、信仰を」


キュルート:「そうじゃ。みな自分たちが今まで信じ寵愛してくださったガンマ教の神を悪なる神、聞こえの良い甘言で自分たちをたぶらかし聖なる道から外させようとした悪神であると自分に言い聞かせたのじゃ」


ミゼル:「それって」


キュルート:「恩を仇で返すようなこと。身が引き裂かれる思いじゃったろうな」


ミゼル:「…………それでも信仰を、ガンマ教を信じ続けた人はいたんじゃないの」


キュルート:「もちろんおった。じゃがエルダント帝国の粛清により徐々に数が減っていきとうとう、この世からガンマ教は完全に消滅したのじゃ」


ミゼル:「でも、ここはガンマ教信徒の聖地なんでしょ。そしてキュルートさんはガンマ教の神から神の意図を授けられたオラクル」




(オルランドさんはどうして、アッシュ君にミストレアへ行けって言ったの。オルランドさん達はガンマ教じゃなくてデルタ教の信徒なのに。もしかしてアッシュ君にガンマ教の再興、ひいては自分たちをひどい目に遭わせたベータ教を壊滅させようとしているの。もしそうだとしたら、私は全力でアッシュ君を……)


キュルート:「難しい顔をしとるの」


ミゼル:「えっ」


キュルート:「せっかくのかわいい顔が台無しじゃぞ」


ミゼル:「あ、いや、その」


(かわいい顔なのは事実だけど)


キュルート:「安心なされ。ミゼルちゃんが思ってるような事態にはなっとらんし、なることもないと思うぞ」


ミゼル:「えっ」


キュルート:「ほれ、見えてきたぞ。あれがこの村をお守りになっているご神体様じゃ」


ミゼル:「え、あれって……まさか」


キュルート:「ほっ、ほっ、そうじゃこれぞミストレアを守るご神体。五代目ガンマ教司祭キンコルク・キュスコポンポス。ワシの祖父じゃ」


ミゼル:「この……朽ちた木の人形みたいなのが、ご神体。しかもキュルートさんの、おじいさん」


(それが本当ならこの人の年齢は百を優に超えてる。ヒューマニアの寿命はせいぜい六十くらい、これってつまり)


キュルート:「俗にいう、ミイラじゃな」


ミゼル:「ミイラ……」


(どんなに長生きの人でもヒューマニアが百を超えるとは思えない。つまり、私の目の前にいるこの人はもう…)


キュルート:「エルダント帝国への謀反失敗後、多くのガンマ教徒が帝国により粛清された。そんな中、我が偉大なる祖父キンコルクは帝国の弾圧からガンマ教徒たちを守るため隠れ忍んでいたガンマ教徒たちを連れこのガルダーミンクにやってきたのじゃ」


ミゼル:「……」


キュルート:「当然岩の荒野と呼ばれるガルダーミンク。誰もこんな場所で普通の生活など営めるわけがないと思っていた。じゃがわしの祖父にはガンマ教の神から賜った奇跡の御業があった」


ミゼル:(奇跡の力、それって)


「神の、意図」


キュルート:「ほっ、ほっ、やはりミゼルちゃんは知っておったか。そうじゃ、わしの祖父が賜った神の意図はこの岩しかないガルダーミンクの地質を改変する力があったのじゃ」


ミゼル:「地質改変っ」


(神の意図って地質を変えたりすることもできるの。銃弾を止めたり、アークシップの突進を受け止めたり、超常的な力だとは思ってたけどまさかそんなことまで)


「それってもう人の領域を軽く超えてるんじゃ」


キュルート:「ほっ、ほっ、強大な力には必ず代償が伴うものじゃよ」


ミゼル:「代償」


キュルート:「我が祖父はその命をこの無機質な大地に溶け込ませることで土地を潤した。ミストレアという村が営めるほどに」


ミゼル:「命を、大地に」


キュルート:「キンコルク様は今もずっとこの恵みある大地からわしらを見守っておられるのじゃ」


ミゼル:(ガンマ教の人たちを守るためキンコルクさんが命がけで耕した命を育む大地。ミストレアの人たちはその大地の上で生活を営んでいる。それはとても素敵な話。素敵な話、なのだけれど)


「どうしてオルランドさんはアッシュ君にこの村へ行くように言ったのかしら」


キュルート:「ほっ、ほっ、それはおそらくこの村でお主たちをかくまってもらうためじゃろう。この村へはガンマ教の者を連れていなければ入れんからの」


ミゼル:「確かにそうかもしれないけど」


(何か変、というか違和感が)


キュルート:「ほっ、ほっ、きっとそうじゃ。ほれミゼルちゃん達も長旅で疲れたじゃろ。今日はゆっくり休んでいきなさい。何ならずっとここにいてもよいのじゃぞ」


ミゼル:「そ、そういうわけには」


キュルート:「ほっ、ほっ、追っ手の事なら安心せい。ここに入れるのガンマ教の者だけ。何も心配はいらん」


ミゼル:「いえ、私はこの村を出ていきます」


キュルート:「理由を聞いてもいいかの」


ミゼル:「私にはやらなければならないことがあるからです」


キュルート:「お宝さがしかの。わざわざそんな危険なことをして金稼ぎしなくともここなら安全に生きて――」


ミゼル:「ダメなんです。私がここに留まっちゃ」


キュルート:「……あい、わかった。そこまで言うなら無理強いはすまい」


ミゼル:「すみません」


キュルート:「ほっ、ほっ、だが今日一日はこの村で休んでいきなさい。いやといってもだめじゃぞ。この村から出るには村長であるワシの許可が必要じゃからな」


ミゼル:「……ふふ、はい、そうします」


キュルート:「ほっ、ほっ」


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