第17話 託された、黄金の思い

アインレスト-最奥の洞窟外


マーキュリー・シーン:「ほう、君が、この少年、アッシュ君が骨を折られながらも探そうとしていた女性かい」


ミゼル:(銃弾を空中で止めてる。これってアッシュ君と同じ)


マーキュリー・シーン:「へえ、中々美しい女性だね……まあ、特に君に興味があるわけじゃないんだけど。スターズの私に対するこの所業、どのような処分が下されるか、わかってのことなんだよね」


ミゼル:(す、スターズ。こいつが。エルダント帝国最強の戦士にしてベータ教の神に代わり世界の統括を任されてるっていう、この世界の最上位執行機関)


アッシュ:「に、げっ、て」


ミゼル:「アッシュ君」


マーキュリー・シーン:「無駄だよ。スターズの私から、こんな何の才能も可能性も感じさせないただの少女が逃げ切れるわけないでしょ」


ミゼル:「っ、悔しいけど……その通りよ」


アッシュ:「ミゼルさんっ」


マーキュリー・シーン:「ふ、物分かりがいいね。そういう娘、嫌いじゃないですよ」


ミゼル:「……何わけわかんないこと言ってるのかしら。あんたに好きな人間なんていないでしょ。目に映る奴、全員薄汚いドブネズミにしか見えないっていう風な目をしてるわよ」


マーキュリー・シーン:「っ……ふ、ふふ、はははははははははははは」


アッシュ、ミゼル:「「ッ」」


マーキュリー・シーン:「いいです、いいですよ、あなたたち。殺すのがもったいないと思ったのはいつ以来でしょうか」


ミゼル:「………………」


マーキュリー・シーン:「ああ、残念です。少年君はともかく、あなたは殺さなくてはいけません。生かしておく理由がありませんからね」


ミゼル:「っ」


アッシュ:「そ、そんな、待って、待ってください。僕は何でもしますから。どうか、どうかミゼルさんだけは」


ミゼル:「アッシュ君」


マーキュリー・シーン:「……残念ですが、それはできません」


アッシュ:「え、どうして。だってさっきの約束じゃ」


マーキュリー・シーン:「ええ、さっきなら、火事に巻き込まれて焼け死んだと報告すればよかっただけですが、今はそうはいかない。なぜなら、うちの兵士がひとり死んじゃいましたからね」


アッシュ:「なっ」


マーキュリー・シーン:「誰かが、彼を殺した罪を背負わなくてはいけません。誰かがね」


アッシュ:「そ、それならおじさんがやったことにすれば」


マーキュリー・シーン:「はあ、君はまだ子供だからわからないだろうけど、組織にはメンツってものがある。まさか豪傑なエルダント帝国の兵士がこんな辺鄙な村で木こりをやってた老人に切り伏せられたなど、たとえ事実であってもあってはならないことなんだよ」


アッシュ:「じ、じゃあ、僕がやったことにすればいいじゃないか。そうすればミゼルさんは」


マーキュリー・シーン:「確かにそれはこの状況での解決策の一つではある。実際、彼を切り殺したのは君だしね」


アッシュ:「じゃあ」


マーキュリー・シーン:「だが、僕は君を死なせたくない」


アッシュ:「えっ」


マーキュリー・シーン:「僕は君を気に入った。だから、僕はもう一つの策を遂行しようと考えている」


アッシュ:「それって」


マーキュリー・シーン:「君はこの女に騙されたんだ」


アッシュ:「えっ」


マーキュリー・シーン:「この女だけじゃない、あの村人夫婦にもだ」


アッシュ:「何を言って……」


マーキュリー・シーン:「ああ、崇高なる神からの寵愛を、本来なら祝福されるべき恩恵を。いやしくも野蛮な邪神教徒どもが汚したのだ。この何も知らない無知で純粋なただの少年の心を」


アッシュ:「……やめろ」


マーキュリー・シーン:「ああ、なんという不幸、なんという不憫。君の境遇に同情をしないことなどできないよ」


アッシュ:「やめろっ」


マーキュリー・シーン:「だが安心したまえ、神は君のような少年を決して見捨てない。残念ながらわが同胞はかの邪教徒の卑劣な罠にはまり志半ばで倒れたが。その意志は決して無駄にはしない。意志を受け継いだ我々が必ず君を救って見せる」


アッシュ:「やめろ、やめろやめろやめろやめろ、やめろおおおおおお」


マーキュリー・シーン:「そして君を悪の道へいざなった邪教徒どもへ必ず神の罰を」


アッシュ:「やめろって言ってるだろ」


マーキュリー・シーン:「…………」


アッシュ:「僕は、僕は幸せだった。オルランドさんとテレーゼさんと一緒に生活して。ミゼルさんだって、すごくいい人であったばかりの僕に、こんなに優しくしてくれて……」


ミゼル:「アッシュ君」


アッシュ:「そんな人たちをだましてたとか、邪教徒とか、そんな風に悪く言うな」


マーキュリー・シーン:「やっぱり、君は子供だね。子供は黙って、大人の言うことを聞いていればいいんだよ。そうだろ、ミゼルさん」


ミゼル:「……私がそう、アッシュ君をだましてベータ教に謀反を起こそうとしたって証言すれば、アッシュ君を助けてくれるの」


アッシュ:「ミゼルさんっ」


マーキュリー・シーン:「ああ、このスターズ、マーキュリー・シーンの名に誓って約束するよ」


ミゼル:「そう……………………………………わかったわ」


アッシュ:「ミゼルさんっ」


マーキュリー・シーン:「物分かりが良くて助かるよ。それじゃあ、あっちに私の部下がいるはずだからそこまで」


ミゼル:「あんたみたいなやつにアッシュ君は絶対渡せないってことがね」


マーキュリー・シーン:「何」


バンッ


マーキュリー・シーン::「なっ」


マーキュリー・シーン:(空中で停止させていた銃弾が破裂した)


ミゼル:「アインレスト産鋼鉄モンスターに対抗するための特注破裂弾、名づけてラプター弾よ」


マーキュリー・シーン:「ぐっ、おのれ」


ズッ


ミゼル:(アッシュ君から離れた。今がチャンス)


ミゼル:「っ、アッシュ君、来て」


アッシュ:「ミゼルさんっ」


マーキュリー・シーン:「させるか」


マーキュリー・シーン:(どんなに早く走ったところで私の神の意図があれば、簡単に)


ブオォォォォォォォォォォン


マーキュリー・シーン:(何だこの轟音、エンジン音……まさか)


ミゼル:「アッシュ君捕まって」


アッシュ:「え、うわっ……」


ブオオオオオーン


マーキュリー・シーン:「くっ、あっという間にあんなところまで」


マーキュリー・シーン:(すでに神の意図の射程外。まさかこの私から逃げられるなんて)


「……」


マーキュリー・シーン:(普通なら木が邪魔で森の中に船をよびよせることなどできない。だが、アインレストに火を放ったことで一帯のアルケミスツリーが焼失して船を呼び寄せられるようになっていたのか。火を放ったのが、裏目に出てしまった)


アッシュ:「……ミゼル、さん」


ミゼル:「無事、アッシュ君」


アッシュ:「はい、でも……」


ミゼル:「今は何も聞かない。それはきっと君だけ、オルランドさんとテレーゼさんふたりと一緒に同じ時間を過ごした君のためだけに二人が託したものだと思うから」


アッシュ:「…………」


ミゼル:「でも、いつまでもうつむいてちゃダメ。アッシュ君はふたりに託されたんだから。希望を未来を。だから絶対立ち上がるの。どんなにつらくても、苦しくても、前を向いて、涙で顔がくしゃくしゃになっていても、足を前に進めるの。そうすることが唯一君の、二人の救いになるはずだから」


アッシュ:「…………わかりました、ミゼルさん……ありがとうございます」


ミゼル:「それはこっちのセリフ」


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