第16話 無知の窮地

アインレスト-最奥の洞窟外


アッシュ:「……火が消えてる」


オルランド:「広がる勢いが早かった分、燃え尽きるのも早かったみたいだな」


テレーゼ:「あんた大丈夫かい」


オルランド:「問題ねえ。しかし、これからどうするか」


アッシュ:(これから………………)


テレーゼ:「そうだねえ、火がおさまったから奴らきっと森の奥深くまで偵察隊を出してくるだろうし」


オルランド:「ううむ、せめて、アッシュだけは」


アッシュ:「…………あ、あのね、おじさん、おばさん――」


謎の男:「いやあ、見事だったよ、少年。さっきまであんなに無知だった君がまさか武器に神の意図をまとわせるオーバーラップを成すなんてね。火事場の馬鹿力というやつかな、いやあ、いいもの見せてもらった」


アッシュ:「あっ、お兄さん」


オルランド:「お、お前は」


テレーゼ:「あ、あんたっ」


アッシュ:「だ、大丈夫だよ。この人は敵、だけど、悪い人じゃないんだ。おじさんとおばさんを逃がしてくれるっていうんだよ」


オルランド、アッシュ:「「………………」」


アッシュ:「僕のことも上の人に口添えしてくれるって言ってるし、悪いことにはならない。きっと。だからおじさんおばさんはこの人の言うことを聞いてここから早く逃げ――」


バシン


オルランド:「でやあああああああああ」


アッシュ:(斧っ)


アッシュ:「おじさん」


オルランド:「この悪魔めええええええええ」


ガシン


アッシュ:「え……そんな」


アッシュ:(おじさんの斧を素手で)


バッ、ガンガンガンガンガン


アッシュ:「待って、おじさん、その人は」


オルランド:「テレーゼ、アッシュを連れて早くここから逃げるんじゃ、早くっ、がっ、がはぁ」


テレーゼ:「あ、あんた」


アッシュ:「えっ、うそ……お、おじさん」


オルランド:「がはっ…………」


テレーゼ:「あ、あんたあああああああああああ」


謎の男:「やれやれ、おとなしくしていれば誰も殺さず納めてあげたのに。まあ自慢の斧を持ったまま体を貫かれたんだ、未練はないだろう」


テレーゼ:「……よくも、うちの亭主を、この裏切りの騎士があああああああああああああああ」


謎の男:「何の話だ」


アッシュ:「え、なに、なにが起こって、えっ、おじさん、おじさんはどうして」


テレーゼ:「殺す、お前だけは、デルタ教を裏切りデルタ教徒全員を惨殺したあんただけは。絶対に許さない」


謎の男:「スターズに向かって村女が殺す……首を落とされても文句は言えない案件だよ。今すぐ発言を撤回してその少年を渡すなら不問にしてあげてもいけど」


アッシュ:「スターズ……」


テレーゼ:「誰があんたなんかに謝るもんかい」


スターズの男:「そうかい……じゃあ、死ねばいい」


ズバァン


アッシュ:「え、おば……さん」


スターズの男:「ふうん、もうちょっときれいな断面になるよう首ちょんぱするつもりだったのに。最近使ってなかったから剣の腕が少し鈍ったのか」


オルランド:「て、テレーゼ」


スターズの男:「あ、おじさん、まだ生きてたんだ」


オルランド:「このくそ騎士いいいいいいいいい」


スターズの男:「やれやれ、ふん」


ズパァァァン


アッシュ:「お、おじさん」


オルランド:「に、げろ」


アッシュ:「っ……」


アッシュ:(切り飛ばされたおじさんの口が、かすかに、動いてる)


オルランド:ガルダ―ミンクに行け、そこなら、きっとお前を、みちいびいて……


ゴトッ


スターズの男:「やれやれ、おとなしくしていれば殺されずに済んだのに。全く」


アッシュ:「っ…………」


スターズの男:「おいおいそんなに睨むなよ。先に突っかかってきたのはこの人たちだよ。俺のはあくまで正当防衛さ、正当防衛、知ってる、少年」


ゴロッ


アッシュ:「……めろ」


スターズの男:「え」


アッシュ:「おじさんの頭を踏みつけにするな」


スターズの男:「はあ、全く。傷つけずにつれていきたかったんだけどね。仕方がない」


バシッ


アッシュ:(おじさん、僕に力を貸して)


アッシュ:「おおおおおおおお」


スターズの男:(拾った斧に神の意図をまとわせている。さっきできたばっかりだというのに、もうものにしたのか。この少年君には才能があるみたいだね)


アッシュ:「おじさんたちの仇いいいいいいいいい」


バン


アッシュ:「っ」


アッシュ:(また、素手で)


アッシュ:「グッ」


アッシュ:(びくとも、しない)


スターズの男:「たいしたものだよ、君には才能がある……まあ」


アッシュ:「うっ」


ザバァン


スターズの男:「ありふれた才能、だけどね」


アッシュ:「ガッハァ……グッ」


バッ


スターズの男:「へえ、ここの地面はアルケミスツリーが養分として土の中の鉱物を吸い上げてるから普通より柔らかくなっているとは聞いていたけどまさか頭から地面にたたきつけられてまだ意識を保っていられるなんてね。頭蓋骨にひびを入れる勢いで叩きのめしたのに」


アッシュ:「ぐぅ、よくも、よくもオルランドさんとテレーゼさんを」


スターズの男:「無駄なあがきだね。こんな辺ぴな村、誰が助けに来るというんだい。仮に助けが来ても、この僕を、エルダント帝国最強の騎士である称号、スターズの一員であるマーキュリー・シーンをどうにかできるわけないだろ」


アッシュ:「スター、ズ、さい、きょうの、きし」


マーキュリー・シーン:「わかったら、はやく楽になってくれないかい。こうして君を地面に組み伏せるのもそこそこ疲れるんだよ」


アッシュ:(視界が、どんどん黒く……)


マーキュリー・シーン:「今君を闇が包もうとしているだろ。それに身を任せればいいんだよ。大丈夫。どんなに弱い君もカッコ悪い君でもその闇は受け入れてくれる。決して無様な君を責めたりなんてしない。だから、安心してその闇に、身をゆだねるんだ」


アッシュ:(っ、だめだ……この闇に身をゆだねたら、僕は全部を失う。抗わなきゃ、抵抗しなきゃ、でも……)


マーキュリー・シーン:「そろそろ、みたいだね。君の灰色の目がきれいな黒色になってきたよ」


アッシュ:(ごめん、なさい…………)


マーキュリー・シーン:「おわりだ――」


女の声:「てやぁああああ」


アッシュ:「ッ」


バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ


金髪女性:「私のかわいいアッシュ君に何してんの、この腐れイケメン」


マーキュリー・シーン:「君は」


アッシュ:「ッ……ミ、ゼ、ル、さん………」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る