第4話 何のため
アッシュ:「はあ、はあ、はあ、テレーゼさん、どこに向かってるんですか、さっきから森の中をむちゃくちゃに走ってるようにしか見えないんですけど」
テレーゼ:「そりゃそうだよ、こっちにははなっから目的地なんてないんだからね」
ミゼル:「えっ」
テレーゼ:「このアインレストはアルケミスツリーがいっぱい生えてるおかげで逃げ隠れするにはもってこいの場所だからね。ここでいったんあいつらをやり過ごす、後のことは後で考えるんだよ」
ミゼル:「そ、それって後のことは何も考えずにただ逃げてるのと一緒じゃ」
テレーゼ:「しょうがないだろ、あれとまともに戦う訳にはいかないんだから」
ミゼル:「た、確かに」
ミゼル:(相手はエルダント帝国直属の兵士、下手に事を構えればデルタ教うんぬんに関わらず反逆の罪で粛清される)
テレーゼ:「わかったら、今は逃げることだけに集中するんだよ、そうじゃないとせっかく足止めしてくれるじいさんにあの世で顔向けできないからね」
アッシュ:「お、おじさんはまだ死んでないよ」
テレーゼ:「わかってるよ、でもこういうときは何が起こるか誰にも分からないからね、最悪のことも考えておかなきゃいけないんだよ」
ミゼル:「最悪の、こと…………」
ミゼル:(ここでの私の最悪はテレーゼさんたちにかけられた容疑の巻き沿いにあうこと。あのトルント族の様子からしてそこまでこちらの情報を集めていた感じじゃなった。たぶん上から受けた命令にそのまま従って来た末端。さっきはついテレーゼさんの後を追って逃げてきちゃったけど、あのトルント族が上からの命令を聞いただけで何も詳しい情報を知らないのなら……今からでもまだ間に合う、この二人と離れて、あのトルント族に密告すれば、上にあげる報告書に私の名前を書かないよう取引すれば、少なくとも命だけは……)
アッシュ:「……あ、危ないミゼルさん」
ミゼル:「え、きゃ」
黒い犬:「ガウル」
ミゼル:「な、なにこの生き物」
アッシュ:「アイアンドッグです。」
ミゼル:「あ、あいあんどっぐ」
アッシュ:「この辺り一帯を縄張りにしている小型の四足歩行獣です」
アイアンドッグ:「ガウ」
ミゼル:「きゃ」
バン、バン
カンカン
ミゼル:「う、うそ、弾かれた」
アッシュ:「アイアンドッグの皮膚はアルケミスツリー並みに硬いので普通じゃ傷一つ付けられません」
ミゼル:「そ、それって」
ミゼル:(鉄並みのかたさを持つ動物ってこと、そんなのどうすればいいのよ)
アイアンドッグ:「ガウ―」
ミゼル:(やばい、やられる)
アッシュ:「危ない」
ギャシュ
ミゼル:「え」
アッシュ:「おばさん」
ミゼル:(鉄並みの硬さを誇る動物の顎を、素手で……)
テレーゼ:「たく、群れなきゃ何にもできない小物のくせに……早く立ちな、追手に見つかっちまう」
ミゼル:「は、はい」
ミゼル:(もしかして、こんな風に森の中を逃げ回らなくてもテレーゼさんならあの豚一人ぐらい簡単に倒せるんじゃ……)
テレーゼ:「待ちな」
ミゼル:「げふ」
ミゼル:(お腹にとんでもない衝撃が)
テレーゼ:「あんた……誰だい」
アッシュ:「え……僕には何も見えないけど」
ミゼル:「あいたたた」
ミゼル:(私も数本生えてるアルケミスツリーしか見えない)
テレーゼ:「………………」
白仮面:「……ほう、よくわかったわね、見えていたのかしら、それともただの勘」
アッシュ、ミゼル:「「え」」
ミゼル:(さっきまで誰もいなかったはずなのになんで白い仮面を付けた女が……)
テレーゼ:「何物だい」
白仮面:「逆賊に名乗る名など持ち合わせてはいないのだが、冥土への土産だ、教えてやろう。私の名前はエルダント帝国スターズの直轄騎士、ムーン・パルティエナだ」
アッシュ:「ムーン・パルティエナ……」
ミゼル:「そ、そんな、どうして」
アッシュ:「ミゼル、さん……」
ミゼル:(遅かった、さっきまでなら、もっと早くこの人たちに見切りをつけていれば、助かったかったかもしれなかったのに……迷った、まだ幼いアッシュ君の純粋さに、ごちそうになったシチューのおいしさに、初めて感じた、家の温かさに……一時の気の迷いのせいで、私は自分の人生を棒に振った……)
ミゼル:「おしまいよ」
アッシュ:「え」
ミゼル:「私の人生、これでおしまいよ、もう助からない、私たちにもう残された未来はないわ」
アッシュ:「ど、どうしたんですか。落ち着いてください」
ミゼル:「これが落ち着いていられるわけないでしょ、終わったのよ、自分の人生が。こんなへんぴな村で何も為せずに」
ミゼル:(やってみたいことだってまだたくさんあったのに、お宝だってもっと……)
テレーゼ:「何も為せずに……ねえ」
アッシュ:「おば、さん」
テレーゼ:「そりゃそうだろうね、あんたたち若者は何かを為すために生きてるんだ、今を生きるしかないあたしらリタイア組と違ってね……あんたらには未来がある。未来を生きるのがあんたたち若い人たちの仕事さあね」
ミゼル:「て、テレーゼさん」
テレーゼ:「行きな」
ミゼル:「え」
テレーゼ:「ここは私がなんとかする、だからあんたはアッシュを連れてここからお逃げ」
ミゼル:「で、でも」
ミゼル:(こんな状況でどこに逃げれば)
テレーゼ:「あるんだろう」
ミゼル:「え、何が」
テレーゼ:「あんたが乗ってきたあれだよ」
ミゼル:「あれ……っ」
ミゼル:(テレーゼさんの伝えたいことは分かった。でも、あれは)
ムーン・パルティエナ:「貴様らの作戦会議に付きやってやるつもりはない、大人しく投降するつもりがないなら私の剣のさびにしてくれる」
テレーゼ:「そりゃ、あたしを倒してから言うんだね」
ムーン・パルティエナ:「安い挑発だな、そんなものにこの私が引っかかるとでも思っているのか」
アッシュ:「また消えた」
ミゼル:「どこ、どこにいるの」
ミゼル:(地面にアルケミスツリーの折れた枝がたくさん散らばってるのに、どうしてこの白仮面女の足音が全くしないの)
三人:「「「「………………」」」」
ミゼル:「っ」
ミゼル:(テレーゼさんの背後に白仮面の女が)
アッシュ:「おばさん」
ミゼル:(しまった、この白仮面女の狙いは初めからテレーゼさんだったんだ。姿を消す前の会話でてっきり私たちのどちらかを狙ってくると思っちゃったけど、よく考えたらこの白仮面女からしたら私たちなんていくらいても片手で相手できるレベル。初めから自分の脅威になりえるかもしれないテレーゼさんしか白仮面女の眼中にはなかったんだ)
ムーン・パルティエナ:「死ね」
アッシュ:「おばさああああああああああん」
ムーン・パルティエナ:「ぐはぁ」
ミゼル:「な」
ミゼル:(が、ガントレット、いつの間に)
テレーゼ:「引っかかってるじゃないかい。あんまり年寄りを甘く見るもんじゃないよ。あんたが最初っから私の首を狙っていたのはあんたが姿を消す前からわかっていたよ」
ムーン・パルティエナ:「なに」
テレーゼ:「仮面で隠れているからってね、視線が完全に消えるわけじゃないんだよ。微妙な首の動きなんかであんたの視線は丸わかりさあね」
ムーン・パルティエナ:「……」
テレーゼ:「ようく、見えていたよ。あんたの人を小ばかにしたような目がずうっとあたしを見ていたこともね」
ムーン・パルティエナ:「殺す」
ミゼル:(相手の見える細かい動きから見えないところの動きを推測、そこから次の相手の行動を予測するなんて、テレーゼさんっていったい……)
テレーゼ:「何ぼさっとしてるんだい」
ミゼル:「え」
テレーゼ:「ここはあたしが抑えておくから早くアッシュを連れて逃げるんだ、早く」
ミゼル:「は、はい」
ムーン・パルティエナ:「本気で我らエルダント帝国から逃げられると思っているのか」
テレーゼ:「別に私たちは逃げてるんじゃないよ……未来のために、戦ってんだよ」
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