第4話 こくはくさんはインチキですか?

 7月30日。

 朝九時に私は『こくはくさん』神社へやってきた。

 さすがに昨日みたいに七時に来るのは早すぎるだろうと思って少し時間を遅らせた。数時間自転車を神社の入り口に放置するのはさすがに気が引けるので、今日は自転車じゃなく、徒歩にした。

 昨日はびっくりして返事できなかったけど、勉強に誘ってもらえて嬉しかった。私の友達にはG高校のような進学校を狙っている子が居なくて、夏休みも部活動に励んでいる。(私は夏休み前にバドミントン部を引退した)受験勉強に対する意識がちょっと合わないのだ。

 だからお姉さんと一緒に勉強ができるのは本当に助かるし、より頑張れる気がした。


 家に着き、玄関のチャイムを押す。お姉さんの家は神社の敷地内にあるだけあって、昔ながらの日本家屋だ。「はーい」と女の子の声がして、横開きのガラス戸ががらりと開いた。

「お、おはようございます」

「……あ! 来てくれたんだね! どうぞ、あがって!」

「お邪魔します」

 お姉さんの顔がぱぁっと明るくなったのが分かった。私が来たことがそんなに嬉しいのだろうか。いや、昨日の今日で、そんなわけないか。


 私は手土産にクッキーを渡した。

 それから居間に通されて、昨日しそびれた自己紹介をする。

「山吹みことです。今日は誘っていただいてありがとうございます」

「みことちゃんね。私は御厨みくりツカサです。よろしくね」


 この日からほぼ毎日、私とツカサ先輩は一緒に勉強をするようになった。私は受験勉強、先輩は夏休みの宿題。

 カリカリとシャーペンを走らせる音と、コチコチという時計の針の音。そこにセミの鳴き声が加わって、夏だなぁと当たり前のことを思う。

 どうしても分からない問題は先輩に聞いた。先輩は暗記系の科目が得意で、数学がニガテらしい。それでも私の質問に適当に答えることはせず、「今の私より絶対、現役受験生の方が頭いいよ」と言いながら一緒に考えてくれた。

 しっかり勉強した後、三十分くらいおしゃべりをして、昼ご飯の時間には帰る。

 そんな日々を繰り返す中で、だんだんと先輩と仲良くなっていくのが分かって嬉しかった。


 8月15日。

 ツカサ先輩の家で勉強するようになって半月経った。私はずっと気になってたことを聞いてみた。

「……あの、こんなこと、言うべきじゃないかもしれないですけど」

 ドキドキしながら切り出す。

「『こくはくさん』って、本当に恋愛成就の獣なんですか?」

 さすがにストレートに「インチキですよね?」とは聞けなくて、オブラートに包んで質問した。

 ツカサ先輩は今日も制服を着ている。というか、毎日制服だ。どうしていつも制服なのかと聞いたら「その方がみことちゃんのやる気が増すかと思って」と笑っていた。

「お、みことちゃんも『こくはくさん』気になるんだ」

 全然聞いてこないから興味ないかと思った、と先輩は机に頬杖をつきながら言う。

「はい、まぁ」

「本当だよ。ウサギを神の使いだとする神社は他にもあるんだけど、たいていは安産祈願を謳ってるかな。ウサギはたくさん子どもを産むから。で、子どもは愛し合う男女が居ることでできるでしょ。だから恋愛成就の獣とも言われてるの。この辺りは昔、野ウサギがたくさん居たらしいから、そのご縁もあるだろうね」

「へぇ、そうなんですか」

 意外とちゃんとした所以があって驚いた。というか

「先輩、ちゃんと神社の娘してますね」

「あれ、ちょっと私バカにされてる? 『こくはくさん』神社の娘ってことが分かると女子はあれこれ聞きたがるからね。説明慣れはしてるよ」


 それで? と先輩は意地の悪い笑みを浮かべる。

「みことちゃんは『こくはくさん』に聞いたことあるの?」

「ないです」

「えぇ~即答~? なに、好きな人居ないの?」

「居ないです。今は受験勉強で忙しいし」

「じゃあ何で聞いたのさ〜」

「そりゃ、『こくはくさん』のことを信じてないからですよ」

 それは神社の娘として聞き捨てならないとか、信心深い方が得するよ〜? とか、先輩はあれこれ喚いていたけど、私ははいはいと適当に相槌をうって受け流した。


 先輩は好きな人居るんですか。


 聞いてみようと思ったのに、なんでだろう、答えを聞くのが怖くて、聞けなかった。

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