第2話 こくはくさん神社での出会い
『こくはくさん』ブームも落ち着いてきた頃、季節は夏に突入した。
中学生最後の夏休み。友達と遊ぶこともあるけれど、私は毎日ちゃんと受験勉強に取り組んだ。私の志望校は県内一の難関、G高校。G高校に受かるためにはもっとたくさん勉強しなくちゃいけないのだ。
7月28日。
勉強に励む私を見て、お母さんがお守りを買ってきてくれた。ウサギの刺繍の入った学業のお守りだ。
「こんなかわいいお守りがあるんだね」と言うと、お母さんは『こくはくさん』神社で買ってきたのだと言う。恋愛成就のご利益があるとばかり思っていたけど、本来は学業の神様が有名なんだそうだ。
「今も『こくはくさん』に聞きに行ってる子、いるのかな」
さすがに夏休みに私を呼び出してまで見張り番を頼んでくるような子は居ない。きっと春はみんな新しいことを始めたくて、恋に手を出してしまっただけなんだろう。
私は明日、『こくはくさん』神社に合格祈願のお参りをしに行くことにした。……あくまで、合格祈願のためだ。
7月29日。
『こくはくさん』神社までは自転車で五分程度。昼間は暑いので、私は早起きして朝七時に家を出た。すぐに太陽が照りつけるだろうから、さっさと行ってさっさと帰ってこよう。
神社に着いて、入口に自転車を停める。木々のおかげで日陰になっていて、涼しい。神社という場所だからか、心なしか空気も澄んでいるような気がする。歩いているだけで気持ちがよくて、早起きして来てよかったと思う。
手水舎で手と口を清めてからお参りをする。
神様はたくさんのお願いごとをきいていて大変だから、お願いじゃなくて宣言するといいと、前に何かで見たのをふと思い出す。
「G高校に合格できるよう頑張りますので見ていてください」
礼をしてくるりと振り返ると、制服姿の女の人が歩いているのが見えた。あの制服……。G高校の制服だ。黒いツヤツヤの髪をポニーテールにして、颯爽と歩いている。お参りのあとに憧れの高校のお姉さんを見られるなんて、幸先がいい。それにしても、こんな朝早くから制服を着て何をしているんだろう。
不思議に思って見ていると、そのお姉さんは『こくはくさん』の方へ歩いて行った。高校生でも『こくはくさん』に聞きに行くのだろうか。
私は帰るフリをしながら、横目でちらりとお姉さんを盗み見る。
お姉さんは泉の中をじっと見つめて、そして……おもむろに手を突っ込んだ。
「え!?」
びっくりして思わず声が出た。お姉さんは泉の中をかき混ぜるように手を動かしている。そしてお金……お賽銭を鷲掴みにして、左手に持っていた小さなザルに入れていく。こんな大胆な犯行があるだろうか。賽銭ドロボーだ! 私は慌てて駆け寄る。
「ちょ、ちょっと! ダメです、そんなことしちゃ!」
「え?」
お姉さんは私に初めて気付いた様子で、こちらを見た。少し日焼けした健康的な肌に白いセーラーがまぶしい。じゃなくて、
「泥棒ですよ! お賽銭、盗んじゃダメです!」
自分でも気付かないうちに足が震えていた。泥棒の現場なんて初めて見たのだ。
私はお姉さんの手元をじっと睨みつける。いけないことをいけないと言うことが、こんなに怖いことだなんて思わなかった。
「うーん、やっぱ制服じゃダメか」
お姉さんは濡れた手を振って水をはらう。
「勘違いさせちゃったみたいだね。私はここの神社の娘。賽銭ドロボーじゃなくて、ありがたくお賽銭を回収してるの」
「……は?」
これが、私とお姉さんの出会いだった。
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