こくはくさん

湯前智絵

第1話 こくはくさんの言い伝え

『こくはくさん』を知っているだろうか。

 漢字で書くと『告白さん』になるそれは、この地域に住む女の子なら、噂くらいは聞いたことがあるだろう。

 

 私の通う中学校から歩いて三分程度の神社に『こくはくさん』は居る。

 神社の敷地内に小さな泉があり、台座にウサギの石像がちょこんと載っている。そのウサギこそが『こくはくさん』だ。

『こくはくさん』の横には木のカンバンが立てられている。書いてある内容はこうだ。


こくはくさん

古来よりこの地方では恋愛成就の獣として、ウサギを祀る風習がございます。

貴方の告白が成功するかどうか、こくはくさんに聞いてみましょう。

やり方

一 まずは神社にお参りをする

二 こくはくさんに一礼し、「こくはくさん、こくはくさん。私の想いは届きますか? 教えてください」と唱える

三 こくはくさんに背を向け、後ろ向きのまま、泉にお賽銭を投げる

お賽銭が泉の中にある皿に入れば、貴方の恋は実るでしょう。


 おまじないや好きな人の話が大好きな女子小学生には『こくはくさん』は大いにうけた。ちなみに私が『こくはくさん』を知ったときの感想は、シンプルに「うさんくさい」だった。その印象は今でも変わらない。


 中学生になると、あれはお賽銭を集めるためのインチキだとみんな笑うようになる。

 でも、中学三年生の新学期が始まった頃から、私たちの学年ではでこんな噂がたつようになった。


 あのおとなしい水野さんが学年トップクラスのイケメン、黒田くんと付き合えるようになったのは、『こくはくさん』のお皿にお賽銭が入ったかららしい。


 告白成功事例がひとつ、ふたつと集まる度に、女子生徒はこぞって『こくはくさん』神社の泉へ自分の恋路を託すようになった。


 特に好きな人もいなかった私は、クラスメイトに頼まれて、よく見張り番をさせられた。『こくはくさん』の前に居るということは、好きな人に告白しようか迷っているということ。中学生にもなってその様子を誰かに見られるのがみんな恥ずかしいのだ。


 見事お賽銭がお皿に入り、意気揚々と戻ってくる子もいれば、入らなかったと泣きながら戻ってくる子もいる。中にはお皿にお賽銭が入らないといって、おこづかいを全部使いきってしまった子も居る。


 ばかばかしい。それこそ神社の思うつぼじゃないか。


私は『こくはくさん』をまるで信じていないことをクラスメイトに悟られないように、適当に話をあわせ続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る