第3話 救われた命

産婦人科のニュースがTVで報道されている。

俺はニュースキャスターの声をBGM代わりにTVの前でただ立ち尽くしていた。


「神の声...」


そう一言呟き、俺は仕事に行くことにした。


ガチャ

と、玄関の扉を開く鈍い音がする。


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 ボーとした頭で会社に向かう。車で運転している最中も産婦人科のニュースが頭から離れない。


 もし、もし本当に××が無くなれば俺の生活はどうなるのか。いや、この世界はどうなってしまうのか。「もしも」を常に考えながらその日を過ごした。


当然仕事も手につかない。まぁそれはいつものことだが、


夜のニュースで知ったのだが、この日はやけに「事故」が多かったそうだ...


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 次の日。

 俺はいつも通りTVをつける。相変わらず「産婦人科による異常事態」を報道している。一部の人間は「神の声」と結びつけ、神の声が本当なのではないかと説いている。


 「神の声...それが本当だとしたら世界はとんでもないことになる。ただ、確証がない。確かに産婦人科の異常事態は気になる。けど、それだけじゃ...」


 話しは少し変わるのだが、俺は今とある営業職についている。本当はこんなことをしたいわけではないのだが...


 幼い頃、俺は命を救われている。

 たしか小学校低学年だったか...道端にある適当な石を見つけそれをサッカー感覚で家まで蹴るという遊びをしていた。学校から家まで50mほど同じ石を蹴り進んでいた。


 「今日は順調だ!初めて家まで一個の石で行けるかもしれないぞ!」


 そう呟きながら夢中になって石を蹴っていた。それから10mほど進んだ辺りだろうか、横断歩道の真ん中で石が止まってしまった。


 「やべぇミスった!」


 歩道信号は青だった。


 「急いで向こう道まで蹴らないと!」


 そう言いながら俺はダッシュで横断歩道に足を踏み入れた。石にばかり目がいっていて青信号が点滅していることに気がつかなかった。

 そこから俺の意識は無い。

 横断歩道の石は蹴れたのか?そんな馬鹿げた一言が、病院のベッドで起きた際に発した最初の言葉だった。


 親と医者からは酷く怒られた。母親は「車道に出るときは気をつけなさいとあれほどいったでしょう!!」医者は「君はこれから彼の分まで生きないといけないよ」と言っていた。


 何を言っているのか理解できなかった。彼の分?俺は一体何をしてしまったんだ?俺は石を蹴っていただけだぞ?


 真相を聞かされたのは俺が高校生の時だった。両親は俺を心配し、高校受験が終わるまでは真相を隠すことにしていたそうだ。賛否両論あるだろうが。

 

 真相。俺が横断歩道に足を踏み入れたと同時に歩道信号が点滅したそうだ。それと同時に俺と同じ車道を走る車が右折してきた。その車は歩道を渡る俺を見てブレーキをかけた。それからコンマ数秒して車道の信号が点滅する。点滅信号を見た後続車が急いで右折をするべくアクセルを踏む。しかし、その先には横断歩道の石を蹴ろうとしている俺のために止まってくれている車がいる。後続車は慌ててブレーキを踏むが間に合わなかった。結果的に先に右折しようとしていた車のドライバーは後続車の突進により死んでしまった。

 

 高校生の俺はその真相を知り、罪悪感で一杯だった。医者の言った言葉の意味がようやくわかり俺は取り返しのつかないことをしたと後悔した。


 俺のせいでは無い。後続車が周りを見ていなかったのが悪い。と言ってくれた人もいた。しかし、俺が信号をちゃんと見ていれば、あるいは、石蹴りなどせず普通に帰っていればこのようなことにはならなかったのだ...


 それから俺は猛勉強をした。亡くなったドライバーのためでもあり、そういう事故が今後増えないように、俺は警察官になることを選んだ。警察官になって一人でも多くの人を救いたかった。

 しかし、結果的に警察官になる夢は叶わなかった。


 だからだろうか、「人が死ぬ」ということに関しては人一倍敏感に反応してしまう。それに「産婦人科の異常事態」も「子どもが産まれない」というのは俺にしてみたら「子どもが死んでいる」ように見えたのだ。だからこそ「神の声」が本当なら早々に手を打つ必要がある。そう感じたのだ。


俺は

 「神の声が本当なのかどうか」を報道しているTVのスイッチを切り、もっとも俊敏に動ける服装に着替え、その日は出勤日だったが会社では無く一番近い産婦人科に行くことにした。


 「神の声が本当なのかと確証を得るにはこれしかない!俺は救われた命なんだ。もし本当に××が無くなったのなら俺たちは...いやこの世界は...」


 そう呟き玄関の扉に手をかける。


 「この目で確かめたい。」


 ガチャッ

 いつもよりその音は大きく聞こえた。

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