第2話 神の声

 この世界は今あなたが住んでいる世界とは少し違う。

 

 どこが違うのかと言えば、それは「この世界には××が無い」ということだ。

 それ以外はあなたの世界と同じだ。国の数・名前、経済の仕組みやお金のまわり方など、不変だ。


 この世界から××が無くなったのは今から3年前。今でこそ不思議に思うが、当時日本では、ないし世界では「毎日人が死んでいた」。その原因が事故なのか殺人なのか故意なのか過失なのかはどうでもいい。毎日人が死んでいた事実さえあればいい。それだけで十分だった。神からのお告げを達成する条件を満たすには。


 3年前のある日、通勤途中だった俺を金縛りが襲った。正確には俺だけでは無い。時間・もの・機械。すべてが停止した。運転中の車や自転車も意思をもったかのように止まり、それを運転していた人も静止した。時間にして10秒ほどだろうか、その間に私たち人間は「神の声」を聴いた。


「この世界から××を消す。改めよ」


 それは聴く人によっては、老人の声、子どもの声、自分と同じ声、機械が発している様な声など様々だった。ただ、聴いた内容はみな同じだった。



 初めは半信半疑だった。この世界から××が無くなるわけがない。きっと何かの間違い。「気のせい」だったと。


 その日の夜は、「神の声」のニュース一色だった。

 ある者は「誰かのイタズラだ」や「神の声を録音した」などでっち上げをする者もいた。誰しもこのときには「××が無くなったこと」をあり得ないと解釈し、いつもと変わらない日常を送っていた。


 次の日。

 俺はいつも通り会社に行く準備をし、朝食を食べながらニュースを見ていた。ニュースの内容は昨日と同じ「神の声」の話題だった。しかし、それは小さな話題として取り上げただけで天気や事故、政治経済のことなどいつもと変わらないニュースが報道されていた。


 夜、帰宅し、TVをつけ、ニュースを見ても同じような報道だった。「神の声」よりも今日起こった企業の不祥事や美味しいグルメの話題など普段のニュースと何も変わらなかった。


 次の日も、そのまた次の日もニュースの内容は変わらなかった。神の声の話題を拾っていないチャンネルもあったほどだ。

 俺の中から「神の声」が徐々に消えつつあった。考えてみれば車が勝手に止まるわけが無い。時間にして10秒ほど、あれは気のせいだったのだ。と、自分で自分を納得させていた。



 次の日。

 俺は昨日と変わらず、朝食を食べながらニュースを見ようとTVをつけた。


「さて、今日もニュース見ますか。神の声のニュースとかまだやってんのかねぇ」


 そう呟きながらTVをつけた。内心俺自身も「神の声」は気のせいとして片付けていた。今日ニュースをつけて「神の声」関連の話題が無ければ気のせいだったのだと確定の烙印を押すつもりだった。


 しかし、その烙印は別の意味で俺の心に強く印されることとなる。


「ん?なんだこれ?」


 TV画面では『神の声は気のせいでは無いのか!産婦人科による異常事態』と表示されていた。


「産婦人科?産婦人科の機械の故障とかか?」


 異常事態。

 それは日本だけでなく、世界各国で起こっていることだった。

 報道された内容は「子どもが産まれない」とのことだった。


ニュースキャスター

「ただ今入ってきた情報によりますと、3日前、一昨日、そして昨日出産予定の胎児が産まれてこないとのことです。A産婦人科の医院長に中継が繋がっています。」


医院長

「昨日、3日前出産予定日の患者さんや一昨日出産予定日の患者さんの容態を確認したところ、まだ出産に値する大きさに胎児が至っていないことからもう2~3日様子を見ようと判断いたしました。しかし、今日その胎児を確認したところ、一切成長していないことが確認できました。母体は健康そのもので適切な食事をとっています。ただ、胎児が一向に成長していないのです。これでは産ませることが出来ません。もし、無理矢理産まれても衰弱死してしまう。」


ニュースキャスター

「情報によりますと、この現象はこの産婦人科だけで無く全国各地で同じ現象が見られているようです。専門家によりますと...」


 流れてくるニュースを見ていた俺は固まってしまった。


「な、なんだこれは?」


 そんなに驚くことでは無いし、出産予定日が遅れることは珍しいことでは無い。しかし、それをTVで報道しなければならないくらいどこでもこの現象が起こっていることは果たして偶然だろうか。


 嫌な予感がした。

 俺自身独り身だから、自分の妻が...子どもが...という心配はしていなかったが。もし、もし、あの神の声が本当だとしたらこの異常事態は何もおかしくない。むしろこの世から××が無くなった証拠だろう。と俺は自己解釈した。


「神の声。あれが本当なら...世界はどうなってしまうんだ...」


 心に黒いもやのようなものが立ち込めると同時に、俺の脳裏にある言葉が浮かび上がる。


「この世界から××を消す。改めよ」

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