第65話 葛藤

 王城を支配し、王位にもっとも近いと言われている第四王子ハーミース。

 彼はデファイアント街道での敗北以来、ほとんど居室から出ず酒色に浸り続けていた。

「殿下、もういい加減になされませ!」

「うるさいぞカトレア! 余などおらずともお前がいればそれでよいのだろう?」

「そんなことはありません! 殿下こそこのノルガード王国の要でございます!」

「ふん! 心にもないことをぬけぬけと言うわ!」

 拗ねた様子でハーミースはワインをひとしきり呷った。

 危うく罠にかかりヴェストファーレン王国軍の手に落ちかけたハーミースを助けたのは、カトレアの命を受けたマイヤーである。

 左右から挟撃されたハーミースが右往左往しているところを、騎馬で一気に突破した。

 彼の並外れた技量なくしてハーミースは無事には済まなかったであろう。

 にもかかわらずハーミースは、プライドを傷つけられたとカトレアを逆恨みをしているのであった。

 もし弟であれば思い切りぶんなぐってやるのに、と思うカトレアである。

「どうせお前も余を役立たずの傀儡だと思っているのだろう?」

 暗い目でハーミースはカトレアを睨んだ。

「まさかそんな……殿下こそがこのノルガード王国の要ではありませんか!」

 現在王都を掌握し、もっとも大きな勢力となったハーミースとカトレアの勢力は、あくまでもハーミースの王位継承権によって正統性を担保しているのだ。

 ハーミースという旗頭がなければ、いかにカトレアが母国レオン王国から支援を引き出そうとも砂上の楼閣にしかならないであろう。

 だからこそここでハーミースに奮起してもらわなくては困るのだが、とうの本人はすっかり心が折られてしまったらしかった。

 蝶よ花よと育てられた御曹司が、二度も死ぬか生きるかの修羅場を経験すればそうなってしまうのもわからなくはないが。

「――――せっかく敵が退却しているのです。せめて少しでも国土を取り戻し調略を粉わなければ」

 ヴェストファーン王国が戦力を下げた理由はまだわかっていない。

 だが少なくともハーミースを罠にかけようなどという単純な意図はなかったはずだ。

 手柄に逸ったハーミースが自ら突出したのはあくまでもアクシデントであり、そもそもハーミース自身は決して優秀な武将ではない。

 そんな不測の事態をヴェストファーレン王国軍があらかじめ予想しているとも思えなかった。

「任せる」

「はい?」

「何もかも全てお前に任せる! 余よりよほどうまくやってくれるだろうさ!」

「ハ、ハーミース様!」

「出ていけ!」

 追い立てられるようにハーミースの居室から出たカトレアは深いため息を吐いた。

「――――やらざるをえないわよね……不満が溜まるでしょうけど」

 カトレアはハーミースの妃ではあるが、もともとはレオン王国の王女、つまりは部外者である。

 そんなカトレアに命令されて、生粋のノルガード王国貴族が良い気がするはずがなかった。

 だからといって何もしないという選択肢はない。

 ハーミースがヴェストファーレン王国に敗北すれば、カトレアもまたその妃として処刑される未来が待っているのだから。

「――――いざという時は頼りにしてるわよエルロイ?」


「お兄様が私たちに気づいた?」

 ノリスの言葉を聞いてコーネリアの顔色が蒼白に変わった。

 ウロボロスラントは基本的にどの国からも見放されていて、そもそも関心を集めるほうがおかしい土地だ。

 エルロイが魔改造しているとはいえ、注目を浴びるのはまだまだ先だと思われていた。

「やはり私が手配した行商が…………」

 ウロボロスラントの情報がヴェストファーレン王国に漏れるとすれば、その線が濃厚であった。

 しかしウロボロスラントが貿易を望んでいるという情報からコーネリアやマルグリットの存在に気づかれるのはさすがに予想外である。

「しかしわざわざ戦力を引いてまでウロボロスラントまで攻めこむかね?」

 飛躍的に発展しているとはいえ、まだまだウロボロスラントの周辺は街道も未整備の荒野であることに変わりはない。

 そんなところに大軍を送りこむのはヴェストファーレン王国にとって相当な負担になるはずだ。

「…………きっと負い目ですわ」

「負い目?」

「お兄さまはおそらく、いえ、確実に父である国王を弑逆しました。その負い目が国王の娘である私たちを恐怖させずにはいられないのですわ」

 先代の国王を弑逆した謀反人、その旗頭になりうる妹とウロボロスラントの廃王子エルロイが結びついたとき、ジョージの胸中に抗うことのできない恐怖が生まれたということか。

 純粋に戦略的にいって現段階でヴェストファーレン王国軍が主力をウロボロスラントへ派遣するメリットは少ない。

 実のところウロボロスラントの潜在力を考えれば、今のうちに全てを投げうってでもウロボロスラントを占領するのが正しいのだが、ジョージがそのことに気づいている可能性は限りなく低いだろう。

「やれやれ、あと一年はゆっくりと力を蓄えたかったんだがな」

 ホルラトの村と海の民との伝手を手に入れた今、あとは時間が懸案の人口問題を解決してくれるはずだった。

 特に海外と直接接続する海の民との交流は大きい。

 数年もすれば北部七雄のどの国もウロボロスラントに単独では対抗できなくなるだろう。

「ごめん…………エルロイ君」

「別にお義姉様のせいではありませんよ?」

 すまなそうにするコーネリアとマルグリットにエルロイは苦笑して首を振った。

 悪いのは百%ジョージとヴェストファーレン王国であって二人にはなんの責任もない。

 そうだからこそエルロイは自ら二人を助けに行ったのだから。

「エルロイ君…………」

「マルグリット様、どさくさに紛れてご主人様にキスしようとするのは止めてください」

「ちっ!」

 エルロイに抱きつこうとしたところをユイにガードされ、コーネリアは鋭く舌打ちした。

 このところ成長著しいエルロイの身長はコーネリアを追いこそうとしている。

 背伸びしなくてもコーネリアの頭を撫でられることに密かに満足しつつ、エルロイは不敵に嗤った。

「あちらがその気なら正々堂々受けて立とうじゃないか」

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辺境に追放された第五王子ですが幸運スキルでさくさく生き延びます 高見 梁川 @takamiryousen

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