第61話 閑話
トルケルこと、デルフィン・ロウ・レダイグは大陸に名の知られた当代きっての戦士であり、野戦指揮官である。
滅亡したレダイグ王国の第一王子もあり、その力量と人柄を慕う人間は部下だけに留まらず国民の間にも大きい。
もしも彼が一軍を率いて旧レダイグ王国領に攻めこむことがあれば、きっと少なくない人間が彼を助けようと立ち上がるだろう。
スペンサー王国の追及を逃れ、全てを投げうってウロボロスラントまでついてきてくれた古参の幹部たちもいる。
要するにトルケルはこの北部七雄でもきっての武人であり、さらにはこのウロボロスラントで自立しようというエルロイのかけがえない右腕でもあるのだ。
加えて苦み走った美形で、男性的な魅力にあふれた長身で堂々たる体躯を誇る。
ゆえにどこにいってもトルケルは尊敬や憧れのまなざしを当たり前のように受けてきた。
――――だが最近、みなの自分に向ける視線がどうも変わってきたようにトルケルは思うのだった。
なんというか……エルロイ殿下に向けられているし視線に近いような……まさかな。
「おはようございますトルケル様」
「おはようガリエラ」
このところ毎朝目を覚ますときには傍らにガリエラがいるのが日常となってしまっている。
それを心地よく感じる自分がいた。
古い親の決めた婚約者を一途に慕い続けてくれた愛しい少女だ。
いまだにトルケルにはガリエラが幼かった日の面影が抜けないのだが、あのころの愛らしいガリエラが成長してこれほどの美女となってくれたことに深い感慨がある。
もはや彼女なしの人生など考えられない。
そう思うとつい毎夜愛しさが暴走してしまうトルケルなのであった。
昨夜の疲労を微塵も感じさせず、ガリエラの用意した手作りの朝食を余すことなくいただき、軽装の鎧を身に着けトルケルはエルロイから与えられたラングドッグ村の宿舎を出た。
「あ、おはようございますトルケル様」
「おはよう。どうした? 元気がないぞラキロス?」
自分がまだ平騎士であったころからの腹心であるラキロスは、瞼の下に隈を作っている。
このところ部下の間でこんな顔をした男が多いのはどうしたわけだろうか?
だがその視線は穏やかでとても暖かい。
「いえ、ちょっと夜更かしをやらかしましてね、大したことはありません」
「頼むぞ? お前にしか新兵は預けられんのだからな」
人にものを教えるのがうまく、人間関係の調整にも慣れたラキロスはトルケルにとってなくてはならない存在だった。
「大丈夫ですよ、あの退却戦に比べたら屁でもありませんや」
「そりゃそうだ」
スペンサー王国とレダイグ王国から追及を受け、かつては味方であった仲間にまで追われた逃亡の日々。
どうやって明日を生き延びるか、それだけを考えていた日々に比べれば、多少の苦労など物の数ではなかった。
そんなトルケルの苦労を察してか、ガリエラはトルケルの服の裾をギュっと握りしめる。それに反応するようにトルケルの右手がガリエラの腰に回された。
桃色の空気があたりに充満する。
「エルロイ! ちょっと待ちなさい!」
「ディーフェンス! ディーフェンス!」
「むき――! どきなさいよこのメシマズメイド!」
「それを言ったら戦争じゃないですか!」
「またやってるのか……」
「姫様ともあろう方が……慎みがありません!」
明るくも姦しい声にトルケルは呆れたように肩をすくめた。
(人のことが言えますかいな)
ラキロスの目がそう言っているのは二人には内緒である。
「殿下も立場上、早くお子を作ってほしいのはやまやまなんだが……このままでは序列が思いやられるなあ」
エルロイは今やウロボロスラントを独立に導く建国の王、血縁親族はいくらあっても足りない。だが後継者という点で奥の序列ははっきりさせてほしいのがトルケルの本音であった。
「あの方は女の敵です」
ガリエラの容赦のない冷たい言葉にトルケルは苦笑していった。
「君主である以上はむしろ好ましいがな。子供ができなかったために戦争となった国は歴史上数多い」
「それではもしトルケル様がレダイグ王国を継いでいたら…………」
「まあ、側室を持つよう迫られただろうな。そういう意味では、王太子など俺の器ではなかったということさ」
暗にガリエラ一筋であると告げられてガリエラは幸せそうにほほを染めた。
「…………あさましい女です。あなたが亡国の王子となったことを少しでも喜んでしまうなんて」
申し訳なさそうなガリエラを抱き寄せ、トルケルはそのうるんだ瞳に口づけた。
「あさましくなどあるものか。ガリエラは俺のことだけを見ていればいい」
感極まった二人が抱き合うのをエルロイとユイやコーネリアたちがお互いに争うのも忘れ冷ややかな目で見つめていた。
「…………ガリエラがあんな乙女だとは思わなかったわ」
「慎みがないのはどちらだ、と言いたいのですが」
「武士の情けだ。見逃してやれ。あいつら部下にも村の子供たちにまで生暖かい目で見られてるのに気づいてないんだから」
ラングドッグ村の一部地域を不眠症に落としいれている二人に、子供たちから「昨夜はお楽しみでしたね」と言われて、ようやく自分の置かれた立場を二人が自覚するのはもうしばらく先の話である。
いよいよ来週5月11日の発売となります!
なにとぞよろしくお願いいたします!
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