間話

 成り行きとはいえ、勢いでエルロイにキスをしてしまったコーネリアは恥ずかしさでエルロイの顔を見ることができなかった。


「コーネリアばかりじゃ不公平よね……」

「お姉さま??」


 止める隙もあらばこそ、マルグリットは自らもエルロイに口づける。

 しかもコーネリアのように、唇をぶつけるだけの幼稚なキスではない。

 舐めあげるような貪るような、ひどく煽情的で挑発的なキスであった。しかも絶対に舌が入っている。

 刺激が強いと離れようとするエルロイの背中から手をまわして逃がさない。

 息が苦しくなるほど長いキスの後、しばし二人は見つめあって動けなかった。


「これは私に対する挑戦ですね? いいですよ、受けて立ちますよ! 私とご主人様はディープキスだって日常茶飯事なんですからね!」

「さすがにディープを日常茶飯事は言い過ぎじゃ……」

「おだまり!」


 がっちりと両手でエルロイの小さな顔をホールドすると、ユイも吸いつくようなディープキスを見せつけるようにかます。

 あえて唾液を啜る音まで立てているのは、強烈にマルグリットとコーネリアに対抗心を抱いているからであろう。

 といっても、性癖的にはユイはノーマルなので、あとになって羞恥にのたうち回ること確定である。

 その後、流れに乗じてベアトリスもエルロイとキスすることになり、ユズリハとガリエラは氷点下の視線でエルロイを見下ろしていた。


「これだから女の敵は」

「姫様も苦労しそうだな」

「俺は頑張って二人を助けたのに…………」


 どうしてこの二人の評価はセメントなのか。

 ユズリハがつけてる耳飾りが、ロビンのプレゼントなの知ってるんだぞ!


『ふわああああああ……あれ? いつの間にご主人様? もしかして寝てる間に全て終わったってこと?』


 間抜けなあくびの音とともに、怠惰な寝ぼけ声。

「も、もしかして……寝てたの? あれから何度話しかけても反応がないと思ったら……」

『働いたら休むなんて当たり前じゃんってこと!』

「すまない、マルグリットお義姉様、こいつはそういう奴なんだ……」

「相変わらずお子様なんですね!」

『ご主人様二番目の使い魔は黙ってろってこと!』

「むっきいいいいいいい!」


 エルロイの隠し玉――というよりまともに使おうとしても使えないのでピンポイントで使うしかなかった魔導書(グリモワール)アイアスはエルロイが最初に契約した使い魔である。

 基本的に一日働いたら一週間は休むので、いざというときのため王宮に放置しておくしかなかった。

 ごくわずかな時間差で初めての使い魔になれなかったユイとは犬猿の仲だ。


「まずはめでたし、めでたしってことなのかしら?」


 混沌とした空気を締めくくるようにベアトリスが苦笑して言った。



 ――――コンコン


 近くの宿を金の力にものを言わせて貸切った一行は、連日の疲労のためか泥のように眠っていた。

 エルロイの寝室の扉を叩く音が響いたのは、一行が寝静まった深夜になってからのことであった。

「…………どうぞ?」

 眠い目をこすって、エルロイは扉の向こうの主へと声をかける。

「は、入るわよ」

「え、コーネリアお義姉様…………?」

 寝巻姿のコーネリアは恥ずかしそうに視線を逸らしながら、それでも問答無用にエルロイのベッドに腰を掛けた。

「今日は助けてくれてありがとう」

「うん、無事に助けられてよかったよ」

「私…………すごく怖かった」

 そう言ってコーネリアはエルロイの肩に頭を寄せる。

 少し会わないうちにまた身長が伸びたようで、エルロイに身長で抜かされるのも遠くはないだろうとコーネリアはうれしかった。

「祖国に殺されそうになったことじゃないわ。あのヘルマンの妻にされ貞操を捧げなくてはならないのがたまらなく怖かった」

 舐めるようにコーネリアの頭からつま先まで見つめてくるヘルマンの視線にどれだけ嫌悪を抱いたことか。

 いっそ綺麗な体のまま死んでしまいたいと思ったことも一度や二度ではない。

 それでもヴェストファーレン王国の王女であるという立場が、自分が迂闊なことをすれば姉マルグリットの王宮での立場がどうなるか。

 そうした環境への配慮のために、全てを諦める選択をしたコーネリアであった。

 だが――――

「不思議ね。祖国にも見捨てられ、ノルガード王国にも仇みたいに見られても、今は少しも怖くないの」

 こうして肌の温度が伝わるほどエルロイに密着しても、なんの嫌悪感もわかない。

 それどころかどんどん身体が熱くなる心地よさだけがあった。


「それは――あなたが好きだから……あなたに、私のすべてを捧げたいと思っているから」


 渾身の勇気を振り絞ってコーネリアはエルロイをベッドに押し倒した。

 勢いのままにキスをして、コーネリアは情欲に濡れた瞳でエルロイを見つめる。


「――――私をあなたのものにして」


 そんな誘惑を健全な少年であるエルロイが振り払えるはずがなかった。

 あっさりと身体を入れ替えると馬乗りになったエルロイは、つつましいコーネリアの寝巻を果実のようにするりと剥いた。


「胸、すごく大きくなったね。コーネリアお義姉様」

「ええっ? 本当?」


 全く想定外の誉め言葉に驚いて、コーネリアは自分の胸を両手で確かめるように揉んだ。

 ――――確かにでかい。これはずっと自分が望んでやまなかった巨大メロンだ。

 エルロイへの愛が自分の胸に成長をもたらしたのだろうか。

 歓喜とともにその感触を堪能していると――――


「ちょっと! コーネリアったらいつまで寝ぼけてるの!」

「私の胸……私の巨大メロン……」

「いい加減に目を覚ましなさああああい!」


 頭頂部にすごい衝撃音がして、コーネリアはぱちりと目を覚ました。

 そして自分が揉んでいるのが、となりで寝ているマルグリットの胸であると気づき…………


「まさかの夢オチいいいいいいいいいいいいい!」


 どうしてあと十分寝させておいてくれなかったのか。コーネリア魂の叫びであった。



 次回からまたウロボロスラントの内政編かな 

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