第31話 異変の内幕
ガリエラが連絡に使用している鷹は、アドラブールという魔物の一種である。
なかなか人間に懐かない半面、一度懐いてしまえば記憶力がよく、最高時速百六十キロの速さで十六時間近い連続飛行時間を誇る。
そのためガリエラが放った鷹――カットラスと名付けている――は一晩を不休で飛行して、ヴェストファーレン王国で活動している傭兵、マリア・パレルモのもとへと到着した。
「さすがガリエラだね。そろそろ何か掴んでるんじゃないかとは思ってたよ」
マリアは戦場をともにしたかつての戦友、ガリエラの力強い褐色の肌を思い出して微笑した。
カットラスの足に結びつけられた手紙を一読し、マリアはヒューと軽く口笛を吹く。
「名も無き騎士マイヤーの耳に入ってるとは驚いた。けど、今ウロボロスラントにいるのは僥倖だったかもしれないね」
雇う相手によって、傭兵は簡単に敵同士に別れて戦う。
それは命を預けた戦友であっても、明日には敵味方に別れてもおかしくないのが傭兵という職業の宿命だ。
とはいえ敵に回したくない仲間というのもいるものである。
マリアにとってガリエラは敵に回したくない数少ない仲間の一人だった。
褐色の戦鬼とよばれたガリエラを敵に回すということは、彼女にとって著しく生存率を低下させる要因でもあったのだ。
「一応昔の誼だ。恩を売っておくとするか」
そう呟くとマリアは返信の手紙をつづり始める。
行儀よく待っているカットラスに朝食の残りの肉を一切れ与えると、くう、と可愛らしく鳴いてカットラスはそれを食べた。
「ウロボロスラントなんて僻地にいるなら、余計な戦いに巻き込まれることもあるまい。ことが済んだら今度はいっしょに仕事をしたいもんだね」
ヴェストファーレン王国が傭兵を募集している表向きの理由は、コーネリア王女の結婚に伴い、その式に国王自ら参列するため多数の近衛兵を引き連れていくことに対する穴埋めであるという。
しかしたった千五百人程度の近衛兵の補充に、傭兵を募集するのがそもそもおかしな話であった。
勘のいい傭兵は、これが戦争のための準備であることに気づいている。
問題はその戦争の相手がどこなのか、ということだ。
ヴェストファーレン王国とノルガード王国は、対スペンサー王国で同盟を組んでいるため、普通に考えればスペンサー王国ということになるのだが。
「…………肝心のスペンサー王国がこのところレダイグ王国から北に出てこようとしない」
それどころか昨日、ティアロン王国との海戦に勝利し、軍港プロヴァンを占領したという噂を聞いた。
こうした情報の速さはさすがは傭兵ならではである。
つまり、相手がスペンサー王国である可能性は低い、とマリアは判断している。
「もしノルガード王国にガリエラがいたら、早く逃げろと言ってやるところだけどね」
そう、マリアはヴェストファーレン王国の敵は、実は同盟国であるノルガード王国なのではないかと考えている。
ということは、マルグリット王女とコーネリア王女は生贄だ。
敵に回った同盟国の王女が無事でいられる可能性は限りなく低い、どころか生きていられる可能性は皆無であろう。
何よりマルグリット王女やコーネリア王女が、王子と仲睦まじいという噂のひとつもないのだから。
「あの王子、見かけによらず性悪だよ」
優秀な後継ぎとして期待されている王太子ジョージだが、貴公子然として優しく温厚な性格だと思われていた。
まさか血を分けた実の妹たちを見捨てるとは。
「よっと、これでよし」
マリアがカットラスの足に手紙を結びつけると、用は済んだとばかりにすぐにカットラスは飛び立つ。
もう少し愛想があってもいいのでは、と思うマリアであった。
マリアからの手紙を読んだガリエラは驚愕した。
手紙には近々ヴェストファーレン王国が戦争を開始する可能性について示唆されていた。
もちろんそこにわかりやすく、ノルガード王国と戦うなどとは記されていない。
あくまでも傭兵を集めている理由について、マリアの推測が大雑把に記されているだけだが、彼女が隠しているものについてガリエラは敏感に察していた。
「まさか……そんな馬鹿な!」
ヴェストファーレン王国とノルガード王国は歴史的な同盟国である。
両国の王室は親戚関係が何代も続いており、北部七雄のなかでもその絆は別して固い。
ましてスペンサー王国という共通の脅威がありながら、盟約を破って戦いを起こす理由がわからなかった。
だが、戦いの大義名分についてはガリエラにも予想することができた。
なかなか表舞台に姿を見せる機会が少なくなった国王が、わざわざ第二王女の結婚式に参列すること自体が怪しかったのだ。
国王が他国で害される。これ以上の宣戦の大義はあるまい。
どうにかして国王がノルガード王国の手で殺害されたとでっちあげる。
あとは傭兵を集め事前準備を進めていたヴェストファーレン王国が有利に戦争をすすめられるはずだ。
――――ということは、今は秘密にされているだけで、すでに国王陛下は崩御されているのか?
「コーネリア様が危ない!」
くしゃり、とガリエラの手の中でマリアからの手紙が潰れる。
情報を得るのが遅すぎた。
マリアもそれをわかっているから、危ない橋を渡って情報を知らせてくれたのだろう。
コーネリアとヘルマンの結婚式は翌日に迫っていた。
しかも今日はすでにあと数時間で夕暮れを迎えようとしていたのである。
一秒でも早くコーネリアのもとへと駆けつけたい欲求を抑え、ガリエラがエルロイのもとへ急いだのはそうした理由があったからであった。
「やばいよ、本気でやばいことになってるんだ。ついさっき仲間から連絡があって――ヴェストファーレン王国は戦争やらかす気だ!!!」
エルロイなら何か手を考えてくれるのではないか。
いつの間にかガリエラが無意識にそう頼ってしまうほど、エルロイは信頼を得ていたらしかった。
エルロイもまた、ガリエラの言葉だけでヴェストファーレン王国の矛先がどこに向いているのかを察した。
「――――絶対に助ける」
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