第30話 異変

「すごい、運命の指針(フェイトガイドライン)万能すぎ」 

 じゃがいもを探索したら、あっさりとアルラト山の東峰に群生しているのが見つかった。

 いささか葉の形が違う気がするが、確かにジャガイモである。

 その場で焼いて味を確かめたエルロイは感動にうち震えた。

「こ、これは……この黄金の輝きとホクホク感……まさしくジャガイモ」

 もともとジャガイモは南米アンデスの高地で発見された植物で、芽の部分に毒性があり腹を壊すことから悪魔の植物と言われていた。

 この毒素であるソラニンは致死量が400gであるため。中には死にいたるものもおり、なかなかヨーロッパでも普及しなかったという。

 だが、そうした間違いをのぞけばジャガイモは夢の植物だった。

 まずアンデスの山中に自生していただけあって、寒さに強くまた痩せた土地でもよく育つ。

 さらに単位面積あたりの収穫量も豊富でカロリーやビタミンも豊富であり、定期的な飢饉に苦しむヨーロッパ各国はその普及に尽力した。

 そのツートップとなったのがイギリスのエリザベス女王とプロイセン王国のフリードリヒ二世である。

 国王自らが国民の目の前で繰り返し食べて見せて、その美味しさと安全性をアピールしたのだが、不幸なことにエリザベス一世はソラニン中毒で倒れてしまったため、イギリス国内ではジャガイモは危険な植物であるという噂が広まってしまった。

 対してプロイセン王国ではフリードリヒ二世が軍隊の食事にジャガイモを強制導入し、農民を鞭打って栽培を奨励したため早めに定着することができた。

 これがのちのジャーマンポテトがドイツの食卓に流行する由来である。

 ラングドッグ村の土壌改良は進んでいるが、小麦ほど世話のいらないジャガイモが量産できれば畜産力に余力が生じる。

 この世界の豚は交配前のイノシシに近いものだが存外に肉質は悪くない。

 豚の成長は早いから、ジャガイモに余剰があれば食肉に不自由することもなくなるのだ。

「お役に立てたかしら?」

「それはもう十分すぎるほど!」

 ベアトリスもエルロイから手渡されたジャガイモをほうばって美味しそうに微笑んでいた。

「まさかこんなものが食べられるなんて…………」

「知識がないと木の実や豆類はわかりやすいけど、根菜類は見つけにくいんだよね」

 荒野を流離っていたベアトリスが口にしたのは、ほぼ魔物の肉や魚、それから栗やドングリ、カヤ、マタタビなどの木の実類であったらしい。

 ただ運命の指針(フェイトガイドライン)のおかげで、獲物に不自由することはなかったそうだ。

「自分が知らないものまで探すことはできないようだけどな」

「やはり明確なイメージが必要だからでしょうか」

 試しにラングドッグ村の村長の弟を探査してみようとしたところ、運命の指針はピクリとも反応しなかった。

 運命の指針にはふたつの針があって、ひとつが方向、ひとつが距離を表しているとベアトリスは言う。

 大雑把だが、素材と獲物を探すことにしか浸かってこなかったので不自由はなかったのだそうだ。

 その針が反応しないのは、エルロイが村長の弟を言葉のうえでしか知らないからだろう。

「…………すると鉱物資源なんかも難しいか」

 火薬の原料として硝石が必要なのは知識として理解している。

 しかし明確な硝石のイメージを描けるかというと、これはかなり難しい。

 同様に、金貨や銀貨のイメージはできても金鉱脈や銀鉱脈は難しかった。なにせエルロイは前世でも直接目で見たことは一度もないのだ。

「が、ジャガイモがこんなに早く見つかったのはありがたい。トウモロコシについても反応はあったしな」

 残念ながらトウモロコシはウロボロスラントをかなり西に進まなくてはならないようであった。

 もっとも、ユイの影疾走があれが距離はそれほど問題にはならない。

 使えればの話だが――――

「もうそろそろ機嫌を直さないか?」

 影のなかからしきりに不満そうなオーラを放ってくるユイにエルロイは問いかけた。

 昨晩エルロイの影に逃げたきり、出てこようとしないユイである。

 もちろん、エルロイのほうにもいろいろと暴露されて、どうやって顔を合わせたらいいのかと思わなくもないが、ユイのほうが重傷のようであった。

(ひどいです、ご主人様、こんな女と…………)

「さすがに運命の指針を放置しておくのはありえないだろ……」

 これまではエルロイは王宮の鼻つまみものだった。

 王子という地位にも関わらず地雷扱いされ、玉の輿を狙う女性すら一人もいなかった。

 エルロイの男性としての少年期をユイはほぼ独占していたと言ってもいい。

 少なからずフラグメイカーであるエルロイの周辺に女性の姿はあったものの、それはすでに夫や婚約者を持っていて、エルロイと恋愛関係を成立させる資格がそもそもなかった。

 だからユイもなにひとつ不安に感じずにいられた。

「そのまま出てこなくていいのよ? ねえエルロイ様、私にひとつご褒美をくださらない?」

 見せつけるようにベアトリスはエルロイの首の後ろへと腕を回す。

 そのまま二人の顔と顔が近づき、唇が触れるかと思われた瞬間、ユイはたまらず影から外に出た。

「だめです! 許しません! 私の目の黒いうちはご主人様の童貞は渡しませんよ?」

「目、碧いけど?」

「心の目は黒いからセーフです!」

 自分でも何を言っているかわからないが、衝動のままにユイはベアトリスから奪うようにしてエルロイの唇を奪った。

「ん…………」

 唇から伝わるぬくもりとともに、心のなかのささくれだった何かが癒されていく。

「だめね……エルロイ様、そこは舌を入れて胸を下から持ち上げるように揉みたおすのよ!」

「ひゃわっ!」

 ベアトリスの露悪的な指摘に奇声をあげてユイはエルロイからとびずさる。

「いや、まあ……その、なんだ」

 エルロイとユイの間に気まずい空気が流れたときである。


「殿下! エルロイ殿下ああああ!」

 空気を引き裂く大声は意外な人物であった。

 ガリエラがスキルまで使った全力疾走で麓からやってきたのである。

 普段は豪快で男勝りな彼女が、初めて見せる真剣な表情であった。

「どうしたガリエラ? いったい何が?」

 ぜえぜえと肩で息をするガリエラにベアトリスは水筒の水を差し出すと、奪うように水を喉へと流しこみガリエラは叫んだ。

「やばいよ、本気でやばいことになってるんだ。ついさっき仲間から連絡があって――ヴェストファーレン王国は戦争やらかす気だ!!!」

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