第21話 舞踏の始末
幼いころはエルロイの兄貴分を自負していた。
昔からなんでもこなす神童として名高かったエルロイだが、すぐに王宮で孤立すると周囲は敵ばかりになってしまった。
まだ五、六歳くらいの子供が使用人に嫌がらせを受け、食べ物や飲み物、着替えや教育まで思い通りにならないという事実にロビンが感じたのは義憤であった。
自分がエルロイの手となり足となり、目となって力にならなくてはならないと幼心に決意したものである。
つたないながらもロビンは庶民の流行の遊びや習慣を教え、ともに遊びともにささやかな冒険に興じてエルロイの兄貴分を自認した。
実際のところロビンがどれだけエルロイの力になれたかは甚だ疑問なのだが、一片の迷いもなんくエルロイの味方であり続けたことだけは確かであった。
しかし年齢を重ねていくにつれて、ロビンが感じるのはエルロイの天才ぶりと、対照的な自分の無力さばかりだった。
結果、不毛の大地にエルロイは追放され、その成り行きにロビンは指ひとつ触れることができなかった。
どこまでもいっしょだ、と啖呵を切ったのはいいが、それでもエルロイのために自分が何かをできた、と思ったことは一度もない。
同時に、このままでいいとロビンが思ったことも一度もなかった。
いつか必ずエルロイの力になって見せる。
飄々と明るく女好きの風を装いながらも、いや、女好きなのは素だが――ロビンはずっとその機会を待ち続けていた。
そして巡ってきたのがユズリハという優れた射手との出会いである。
戦士としてそれなりに優秀なロビンであるが、こと弓に関しては天性の才があった。
ユズリハもそれを認めて、時間があるといろいろな手ほどきをしてくれた。
優秀な指導者を得て、綿が水を吸収するようにロビンはめきめきと弓の腕をあげていったのである。
決してユズリハにいいところを見せて、あわよくばねんごろな仲になろうとしたわけではない。
――――何より、ロビンは射手として人が望んでも手に入れることのできない、稀少なスキルを生まれながらに所持していた。
そのスキルと、技量の向上が合わさればユズリハやガリエラにできないこともできるようになる。
「――――スキル鷹の目(ホークアイ)」
ロビンは生まれ持った稀少なスキルこそが鷹の目である。
そのスキルのよりロビンは裸眼で八百メートル先の花の微細な揺れを完全に感知することができた。
「――――スキル千腕(サウザンドアームズ)」
そしてユズリハとの訓練でロビンが取得した、射手が多対一で戦うための必須スキルがこの千腕だ。
これは実際に千も腕が使えるわけではないが、体感的には百人相手でも撃ち負けないと思えるほどのスピードで矢を放つことができるスキルである。
魔物の数が多すぎて追い払えないのなら、追い払う必要がなくなればよい。
受粉した花だけを狙い、魔力が吸われてしまう前に花だけを落とせばよいのである。
鷹の目で受粉作業の細かい状況まで捉えることができる、ロビンのみに許された芸当であった。
「これは…………」
ユズリハやガリエラよりも遠距離にもかかわらず、正確無比な連射で花を落としていくロビンの技量に思わずユズリハは唸った。
彼女が優秀な射手であるからこそ、ロビンの弓の異常さがわかったのだ。
スキルで矢に魔力を纏わせる技は多い。
ユズリハが得意とする三叉星(トライアングルスター)などもそのひとつで、戦争で使用するための奥の手もやはり魔法で威力を増幅している。
これはガリエラの剣も同じで、少なからず一流の戦士は切り札として魔法スキルを複数所持しているのが普通だ。
だがロビンのそれは視力や速度を強化しているが、矢が花に正確に命中しているのは全てロビンの技量によるものであった。
この遠距離で針の穴を通すような命中率は、今のユズリハの技量をもってしても不可能であろう。
もちろん戦えばロビンに負けるとは思わないが、単純な射手としての技量において、ロビンはユズリハの知りうる最高の技量の持ち主かもしれなかった。
訓練するときに、手が触れただけですぐに鼻の下が伸びる軟弱なロビンのイメージが変わろうとしていた。
「うふっ…………ちょっと見直しちゃったかも」
残念ながらまだまだユズリハが合格点を出すほどの男ではないが、もしかしたら将来性はあるかもしれない。
もっとも戦闘が終わった後でユズリハに褒められた途端、ロビンは有頂天になって調子に乗り――――
「ユズリハさん、デートしてください!」
「ごめんなさい」
一瞬で断られ無事玉砕することになるのだった。
「…………二人で偵察に出かけるとかなら、考えなくもないんだけど、ね」
困ったようにユズリハがそう呟いていたことをロビンは知らない。
東の空が白み始めるころ、あれほどいた魔物の大軍は次々とねぐらへ引き上げていった。
「ちょいとまた相手にするのも手間だから、あいつらのねぐらを確かめてくるよ」
そう言い残すとガリエラは俊足のスキルを使い魔物たちの背後を追っていく。
「よしっ! 光冠草の花を回収するぞ!」
ゴランの命令一下、村の男たちが花を拾い集め始めた。
今は魔物の攻撃を心配する必要はないから、気楽なものである。
かつてない大量の光冠草の花を前にして、ロビンは大きく株をあげたというわけであった。
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