第20話 光冠草の舞踏
エルロイが留守にしていた数日の間に、ラングドッグの村では一つの事件が持ち上がったらしい。
その事件のおかげか、ロビンの株が著しくあがったようであった。
どうでもいいがドヤ顔はあまり似合わないぞロビン。
「私も驚きましたが、彼の才能には素晴らしいものがあります。さすがは殿下の慧眼というところでしょうか」
そうユズリハに褒められて、ロビンはこそばゆそうにくねくねと照れた。微妙に本人直接に賛辞を送っているわけではないところが気になるが。
少しは進展したのかと思ったが、この様子ではまだ脈はないな。
「ロビンお兄ちゃん気持ち悪い」
「……幼いストレートさが痛い!!」
サーシャに冷たい目で見られて、ロビンは胸を押さえてのけぞるように呻いた。
「確かに少し調子に乗っているような気はいたしますね」
「そんなユズリハさんまで!」
「まあまあ、いったい何があったんだよ」
苦笑しながらエルロイはユズリハに向かって問いかけた。
「実は――――」
話はエルロイとユイが出発した日の翌日、村で発生した現象に端を発するものであった。
夜を迎えたラングドッグの村は、交替で四人の人間が見張り台に立っている。
その中の一人がモデルナ山の方角に小さな光が無数に乱舞しているのを発見したのは、深夜になってからのことであった。
「あれは……光冠草の舞踏?」
「村長に知らせるか?」
「そのほうがいいだろう」
光冠草はアンチエイジングにも大きな効果を発揮するラングドッグ村の貴重な輸出資源である。
これまでまともな産業のなかったラングドッグ村が、曲がりなりにも行商人を呼べるのは、この光冠草が採れるからだ。
アンチエイジングに絶大な効果を発揮するこの光冠草の花は、ごく限られた群生地でしか見ることができない。
これまで一度も繁殖に成功していないため、おそらくは土地の生育条件が合わないと成長しないのだろうと考えられている。
村長によれば、光冠草の開花はおよそ二年から三年の周期で見られ、群生地はそのたびに移動するという。
一度花が咲くとその土地の精気を吸いつくしてしまうらしく、しばらく同じ場所には咲かないのだそうだ。
土地の養分が少なく、荒れた土地にしか咲かないうえ、非常に短い時間しか咲かないので大陸中で奪いあいが発生して高額で取引されているのだが、行商人からいくらで取引されているのかは聞いたことがないらしく、実はかなりぼったくられていたことをユズリハやガリエラから聞いた村長は激怒していた。
エルロイの計画では、行商人に頼らない販路の開拓するか、あるいは信頼の置ける御用商人を選ぶことは喫緊の課題であった。
その光冠草の開花が、エルロイの留守中に起こるとは。
眠っていたところを叩き起こされた村長だが、文句のひとつも言わず村の男たち起こして光冠草の採取を命じた。
深夜とはいえ村で大勢が行動すれば何があったのか、と目が覚める。
まして戦士職であるユズリハとガリエラはすぐに異変があったことを察して自ら戦闘服に着替えて起きだした。
「何かあったのですか?」
「これはユズリハ様、ガリエラ様……ご婦人の貴重な睡眠を邪魔してしまいましたかな?」
「私たちは婦人である前に戦士であるとお思いください」
眠かったから、起きたばかりだから全力を出せませんでしたでは生き残ることができなかった。その程度の修羅場はユズリハもガリエラもとうに潜り抜けていた。
「…………先ほど光冠草の名を聞いたような気がしましたが」
「ええ、実は光冠草が開花する舞踏が確認されまして」
「舞踏とは?」
「光冠草の花には強い魔力と生命力が宿っています。その力が人間を癒し若々しさを維持してくれるわけなのですが…………」
「それはどの程度なのか聞いてもよろしいですか?」
表情はあまり変わらないながら、心持ち早い食いつきでユズリハは村長に尋ねた。
「はぁ……私も詳しいとは申せませんが、行商人に聞いた話では四十代のご婦人でも二十代に見えるほどの効果があるとか……」
「お手伝いしますから少し融通してもらえませんかしら?」
「あっ! ずるいぞユズリハ! 私も! 私も命がけで手伝うからさ! 頼むよ!」
無関心を装っていたガリエラもあっさりと食いついた。
いまだ二十代であるはずの彼女たちも、若さの維持の前には等しく年頃の乙女であるということらしかった。
「はあ…………別に問題はありますまい。ユズリハ様とガリエラ様がいれば、採取も期待できますし……」
「何か問題が?」
逆にいえばユズリハとガリエラがいなければ採取量が減りそうな村長の言葉を不審に思ったユズリハは問いかけた。
「光冠草が輝くのには理由があります。魔力を放出して魔物を呼ぶのです。その魔力を吸うために魔物がたくさん現れる。といってもサイズの小さな虫や小鳥程度の魔物ですが」
「その魔物を仕留めてしまえばよいのですね?」
「いえいえ、問題は魔物の存在なくして光冠草は貴重な薬足りえないということなのです。いわば魔物は光冠草の花の受粉作業をしているわけで」
「――――すると魔物を退治してはいけない?」
「光冠草の花に受粉が終わると核が誕生します。この核と花をふたつながら収穫することが大切なのです。しかし魔物が光冠草の魔力を吸えば吸うほど品質が下がります」
なので採取される光冠草のほとんどは、魔力を吸いつくされた残りかすのようなものであるらしい。
それでもアンチエイジングには十分な力を発揮するのだ――ということを知ったユズリハとガリエラの目の色が変わった。
「羽虫はまとめてぶちのめしましょう!」
「ユズリハさん、ガリエラさん、何か漏れちゃいけないものが漏れてます」
途中から話に参加したロビンがドン引きするほどの二人の意気込みであった。
「お、お二人とも、あくまでも受粉が終わってから、ですからな?」
「わかってます! 任せてください!」
かつてないほど意気上がるラングドッグ村の採取部隊は、一路光が乱舞するモデルナ山へと向かった。
「げっ、ちょっと多すぎない?」
モデルナ山の中腹付近で、二百平方ほどの窪地になった場所は、すでに小型の魔物が雲霞のごとく密集しており、光冠草の光も霞む勢いであった。
「小型魔物はとにかく数が厄介でして。強さ自体はそれほどでもないので村の人間でもなんとか対処できたのですが」
巨大な盾でお互いを守りつつ、受粉した光冠草の花を群生地の外縁部から可能な限り摘み取る。
数がわずかなのはもっぱら魔物から身を守るために人が割かれてしまうからだ。
それでも危険を犯すよりはと翌朝に魔力を吸われて萎れてしまった光冠草の花を採取するのがもっぱららしい。
「受粉するのに必要な魔物はそんなに多くなくてもいいわよね?」
「全く、その通りだな」
ギラリと目を輝かせてユズリハとガリエラが戦闘態勢を取った。
「――――散りなさい」
ユズリハの魔弓から魔力が放射状に広がっていく。
今までユズリハが見せなかった魔弓術らしい。本来ならこんな雑魚を相手に使うべき技ではなかった。
「三叉星(トライアングルスター)」
竜をも殺せそうな濃厚な魔力の奔流が、三つの線となって空間を切り裂いていく。
この一撃で、まるで空間を切り取ったかのようにぽっかりと魔物の群れの間に隙間ができた。
「ほ、本気すぎる…………」
思わずロビンがドン引きする本気ぶりであった。
「あたしはあまり小さい奴の相手は苦手なんだけどねっ!」
ユズリハの開けた空間にガリエラが突撃する。
「雷鳴閃!」
ガリエラが振りぬいた剣先から、複数の雷が迸り、万に届こうかという魔物の群れを黒こげにした。
「いまだ! 盾に隠れながら前進!」
ゴランを筆頭にした村人たちが、盾で身を守りながら光冠草へ近づいてく。
しかしそう簡単に採取は始まらなかった。
ほんの一分も保たずに新たな魔物によって光冠草の頭上は覆いつくされてしまったのである。
「いったいどんだけいるんだいっ!」
ガリエラは縦横無尽に剣を振るい、羽虫のような魔物を叩き斬るがいかんせん数が多すぎた。
「困ったわね…………まとめて吹き飛ばすと光冠草まで吹き飛ばしてしまうわ」
次から次と現れる魔物の山を、吹き飛ばすことも可能と平気でいうユズリハが怖い。だが現実問題として光冠草から魔物を駆逐するのも手詰まりかと思われた。
そんななか。
「例えば、なんだけどさ」
恐る恐るといった雰囲気でロビンがゴランに尋ねる。
「受粉した花を矢で落としたら魔力は吸われないで済むのかな?」
「そりゃ、地に落ちた花は魔力を放出しないから、品質は維持できるだろうが……まさか、できるのか?」
この雲霞の如き魔物のなかで、一輪一輪の花を一矢で射抜くことなど人間わざとも思われない。
「…………いつまでもお荷物じゃいられんのよ。男の子は」
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